武田信玄の軍師の山本勘助は、四十代の9年間、今川義元に仕えていました。
片足が不自由で、容貌が醜い勘助は、今川義元に重用されませんでした。

勘助は若い頃は諸国を放浪し、多くの知識を持っていましたが、義元にまったく評価されずに、『干され』ていました。
50歳を過ぎ、親戚のつてで、甲斐の武田信玄に仕えて、才能を開花していきますクローバー給料も高くもらいました。

仕える人によって、才能が開花するかどうか決まります霧だから、腐らずにそのとかこを待ちましょう。
合わない上司は反面教師です(笑)

Android携帯からの投稿