わたしが子供のころに読んだ小学館の漫画には、藤原信西と頼長は、互いに、憎しみあうライバルのように書いてありました。

実はそうではありません。
低い身分の信西が出家しようとしたのを、頼長が止めたというエピソードが残っています。

ふたりは藤原一門で、互いに博識強覧であったため、実力を認めていました。

保元の乱では、信西の2番目の妻が、鳥羽上皇の第四皇子の乳母に選ばれます。

第四皇子の雅仁親王こそが後の後白河天皇です。

権勢を極める、信西に対して、不遇をかこっていた崇徳上皇(後白河天皇の兄)に頼長が結びつき、やがて保元の乱になります。

昨日も書きましたが、勝利に導いたものは、夜襲でした。