本屋で上記タイトルの雑誌が目に飛び込みました。
徳川家康の子孫で宗家(もとは将軍家)17代目当主恒孝氏。
武田信玄の次男信親の子孫、邦信氏。
四国の雄、長宗我部元親の子孫、友親氏。
真田幸村の子孫の徹氏の四人による座談会が組まれていました。
雑誌のタイトルが気になり、つい買ってしまいました。歴史好きにたまらない企画
ですが
が、ふと不安がよぎります。
『直接的、間接的に徳川氏に滅ぼされた、武田氏、真田氏、長宗我部氏の子孫を集めて大丈夫か?』
この四家は互いに交錯する歴史を持ちます。
真田氏は武田氏の家来でしたし、会津松平氏初代である保科正之を育てたのは武田の家来でした。武田家滅亡後、その家来を再雇用したのは徳川家康でした。
真田幸村の兄信之は関ヶ原の戦いで徳川家康に味方し、江戸時代を生きています。
歴史に、『もしも』はありません。
仮に武田信玄の寿命がもう少し長ければ、徳川家康は存在していないでしょう。真田も武田の家来でいたはずです。
戦国時代の後期から安土桃山時代、織田信長、豊臣秀吉という『天下人』が登場しました。
諸大名達は歴史の大きなうねりの中を泳ぎ、家を継承させ続けてきたのです。
長宗我部氏はこうおっしゃっています。
「人が生まれるということは全て続きである。
そうした人間の繋ぐ思いを背負って人は生まれてきている。だから関わりのある人々を大切にしなきゃいけない。」
戦国大名の子孫として深い一言です。
徳川家康の子孫で宗家(もとは将軍家)17代目当主恒孝氏。
武田信玄の次男信親の子孫、邦信氏。
四国の雄、長宗我部元親の子孫、友親氏。
真田幸村の子孫の徹氏の四人による座談会が組まれていました。
雑誌のタイトルが気になり、つい買ってしまいました。歴史好きにたまらない企画
ですがが、ふと不安がよぎります。
『直接的、間接的に徳川氏に滅ぼされた、武田氏、真田氏、長宗我部氏の子孫を集めて大丈夫か?』
この四家は互いに交錯する歴史を持ちます。
真田氏は武田氏の家来でしたし、会津松平氏初代である保科正之を育てたのは武田の家来でした。武田家滅亡後、その家来を再雇用したのは徳川家康でした。
真田幸村の兄信之は関ヶ原の戦いで徳川家康に味方し、江戸時代を生きています。
歴史に、『もしも』はありません。
仮に武田信玄の寿命がもう少し長ければ、徳川家康は存在していないでしょう。真田も武田の家来でいたはずです。
戦国時代の後期から安土桃山時代、織田信長、豊臣秀吉という『天下人』が登場しました。
諸大名達は歴史の大きなうねりの中を泳ぎ、家を継承させ続けてきたのです。
長宗我部氏はこうおっしゃっています。
「人が生まれるということは全て続きである。
そうした人間の繋ぐ思いを背負って人は生まれてきている。だから関わりのある人々を大切にしなきゃいけない。」
戦国大名の子孫として深い一言です。