北条時宗は鎌倉幕府の5代執権、時頼の2男として生まれました。


兄の時輔は側室の子供であったため、得宗(北条家当主)にはなれませんでした。

時宗は、18歳で鎌倉幕府の執権となり、34歳で没します。


フビライ=ハン率いるモンゴルとの戦いに苦慮し、短い人生を送りました。


敵国から土地を奪ったわけではないので報いることができず、御家人の信頼を失っていきます。


孫で14代執権高時のときに幕府は滅亡しますが、衰退が始まるのは時宗の時代にあるとも言えます。