戦国武将にとって、自らの功績を引継、家繁栄させられるかは、後継者によりますね。

鎌倉幕府創始者、源頼朝には二人の息子がいましたが、北条氏の陰謀により幕府の主導権は乗っ取られました。

平清盛には長男重盛がいましたが、父に先んじて亡くなりました。『人望篤き長男』で、重盛が長命を保てば、平家一門は壇之浦に沈むことはなかったでしょう。3男宗盛が継ぎますが父や兄ほど器量がなく、平家は滅亡します。

織田信長は本能寺の変時には家督を譲り、名目上は引退していました。長男信忠が織田家を継いでいて、武田を滅ぼしたのも信忠です。
惜しいかな。本能寺の変で父と共に亡くなります。

豊臣秀吉には晩年に生まれた秀頼がいましたが過保護に育てられ、家康によって滅ぼされます💠

徳川家康の後を継ぐはずだった長男信康は武田と内通していた『疑いあり』で、切腹させられます。二男結城秀康は父に疎まれ、秀吉の養子になります。

3男秀忠は合戦においては無能でしたが政治家としては優秀で律儀な性格は父親譲りでした。

秀忠は、手堅い2代目』として、260年続く幕府の基礎を築いた名政治家でした。

【この記事は、2020年6月29日に1アクセスがあり、加筆修正をしています。】