平清盛の父の忠盛は白河上皇のお気に入りの武士でした。
忠盛は立身出世を望み、後に殿上人になっています。武士としては異例のことでした。
清盛は忠盛の子供ではなく、白河上皇の落胤であったとされます。
忠盛はそのことを隠さず、オープンにしていたと言われます。
平家は貴族の番犬で長らく苦労し、その生活から脱却するための努力をしました。
忠盛は平家繁栄の基礎を築くために、清盛を自分の子供にして育てたと考えられます。
忠盛は自らが立てた手柄を、清盛に譲りました。
清盛は、18歳の若さで中務大夫に就任します。将来の出世を見越して、いわば、箔を付けるためでしょう。
清盛は源氏を倒し、権力者になると同じことをします。自らの息子や弟たちをの地位を引き上げたのです。
また、息子や嫁に対して、「孫は武士の子供ではなく、貴族の子供として育てるように。」
と厳命したと言います。祖父や父が苦労していたので払拭するにはその方法しかないことを悟っていたのでしょう。
しかし、清盛による平家の貴族化が繁栄を築き、貴族化させたことが武士の本分を忘れさせ、滅亡へとむかわせたのです。
しかし、清盛による平家の貴族化が繁栄を築き、貴族化させたことが武士の本分を忘れさせ、滅亡へとむかわせたのです。
武士による政治をするのは、源頼朝になります。