三国志で有名な諸葛亮孔明は学問と教養を身につけていましたが、今で言うフリーターのような生活を送っていました。
やがて、漢の子孫にあたる劉備玄徳の『三顧の礼』によって、軍師に迎えられ、ともに漢王朝復活を目指します。
諸葛亮孔明は、『天下三分の計』を考えた天才軍師です。
近年、映画にもなった、『赤壁の戦い』で、呉が勝つよう仕向けたのも諸葛亮孔明です☘️
孔明は軍事だけでなく、地理や天文にも詳しく、また優秀な政治家でもありました。
よく言われる『軍師』は孔明のような行政官を言います。
戦いの作法だけでなく、法律にも精通しており、国の内外の人々から一目置かれていました。
しかし、志半ばで病に倒れた孔明は、54歳でこの世間を去ります
『死する孔明、生きる司馬を走らせる』という名文句があります。
孔明が死んだ後の話です。
孔明の死をチャンスとして襲い掛かってきた敵の司馬仲達を撃退します
追撃してくると、仲達の行動を予想しており、準備も万端で見事に蹴散らしたという話です。
しかし、偉大なカリスマを失った後の国は崩壊し、やがて敵国魏に降伏することになります☘️