今朝の朝日新聞の23面の記事が気になりました。

『豊臣秀頼は秀吉の本当の子供か?』というテーマです。

多角的に検証されていました。

①秀吉には側室が、20人いたのに、淀君以外の側室に子供がいないこと。ちなみに、淀君は、『お拾い』と『秀頼』の二人の男子を生んでいます。

②淀君が秀頼を身籠ったとき、秀吉は、朝鮮出兵の軍を率いて、いまの熊本にいた。

③関ヶ原の戦い時に、秀吉に恩のある豊臣の幹部クラスが、数多く徳川に味方したこと。かれらは、秀頼は秀吉が実の子供でないことを知っていたからというもの。

秀頼の実の父親には諸説あります。
今日の朝日新聞には、秀頼の父は宗教的色彩の強い『陰陽師の者』とあります。

有名なのは、『大野治長』です。

治長は淀君の乳母兄弟です。
石田三成が、関ヶ原の戦いで処刑された後は、大野治長が、淀君の側近として仕えました。大阪城落城の際に共に散っています。

秀吉も秀頼が自分の子供でないことを承知の上で育てたのかもしれません。