体格が良く、身長は、186センチを超えていたと言われます。
また、腕力もあり、若い頃に領内で狩猟に出かけたときに、大きな猪を素手で倒したという逸話もあります。
吉宗は、いまの和歌山県(紀州藩)の徳川光貞の4男(3男が早死にしているので、実質3男)として生まれます。
母親の身分が低かったため、生まれてすぐに家来の加納家に引き取られ、養育されます。吉宗には、兄が2人いましたし、歴史に名を残すことなく、部屋住みで一生を終える立場でした。
しかし、紀州藩に遊びに来た、5代将軍綱吉に引き立てられます。
やがて、吉宗は成人したときに、綱吉から、『吉』をもらい、それまでの頼方から、吉宗へと名前を変えます。
さらに、越前国に、3万石の領地をもらいます。吉宗が歴史に登場する瞬間です。
吉宗の人生に転機が訪れます。
長兄の紀州藩3代藩主、綱教が、41歳で亡くなり、続いて次兄の頼職(よりもと)が、26歳で病死します。吉宗は、22歳で紀州藩の5代藩主となります。
さらに、大事件が起きます。江戸幕府7代将軍家継が、わずか8歳で亡くなり、将軍家の直系が耐えてしまいます。
吉宗は、8代将軍候補となります。
吉宗は、決して、『本命』ではありませんでした。
というのも、出身が紀州藩であり、同じ御三家でも尾張藩につぐ、二番手であったからです。
すごい幸運の持ち主です。
続きは、明日書きます。