『昔、落ちこぼれ。今、先生。』では偉そうに語っていて恐縮です。
『人に指導する立場』にある以上、最善を尽くそうと。いつも思っています。
昨日の研究会参加もそんな気持ちの表れです。
わたしの母校の卒業生で私立中学、高校の現役講師がお話ししてくださいました。
題して、『国語教育実践と、大学で国語、国文学を学ぶ意義』
ここでは、A先生とします。
A先生は中学、高校の講師として、30年のキャリアを持つ、大ベテランだけに話が、『熱い』、そして、『深い』。
生徒を見る目も国語という教科を見る目も、まさに、『目から鱗』でした。
先生は大学卒業後、荒れた私立学校に新任として入られました。窓ガラスを割られるのはしょっちゅう。授業中に窓から、ものを投げ入れられたり、生徒から胸元を締められたり。非常に苦労されたそうです。
最近は学校全体の取り組みが成功し、落ち着きを取り戻し、荒れていることはないとのことでした。
授業に関する話です。
最近の生徒たちは、言葉を知らないので意味を噛み砕いたり、知識を縦断的に教えていく、とおっしゃっていました。
たとえば、メールというコミュニケーションツールを使った話。
「幕末に、仲の悪い薩長連合は距離も離れているのに、どうやって連絡をとっていたんだろうか?。」
「平安時代の手紙のやりとりはどうやっていたんだろうか?」など。
手を変え、品を変えて身近なところから話をするんだそうです。
現場の話としては、学校長や管理職になるとマネジメント能力が問われ、モンスターペアレンツとの接し方も話されていました。
「現場に入ると、教育に対する自分の思いと先生としてやる仕事が微妙に違ってきて、悩むこともある。やはり大切なことは国語科教師として、なにが出来るかを煎じ詰めて考えることが大切。」と、おっしゃっていました。
懇親会では、A先生も参加され、名刺交換をして、個人的にお話をさせていただきました。
わたしが学生時代に教職課程で、お世話になった先生とも、ノミュニケーションしてきました(笑)
昨日の国文の研究はとても有意義な時間になりました。
『人に指導する立場』にある以上、最善を尽くそうと。いつも思っています。
昨日の研究会参加もそんな気持ちの表れです。
わたしの母校の卒業生で私立中学、高校の現役講師がお話ししてくださいました。
題して、『国語教育実践と、大学で国語、国文学を学ぶ意義』
ここでは、A先生とします。
A先生は中学、高校の講師として、30年のキャリアを持つ、大ベテランだけに話が、『熱い』、そして、『深い』。
生徒を見る目も国語という教科を見る目も、まさに、『目から鱗』でした。
先生は大学卒業後、荒れた私立学校に新任として入られました。窓ガラスを割られるのはしょっちゅう。授業中に窓から、ものを投げ入れられたり、生徒から胸元を締められたり。非常に苦労されたそうです。
最近は学校全体の取り組みが成功し、落ち着きを取り戻し、荒れていることはないとのことでした。
授業に関する話です。
最近の生徒たちは、言葉を知らないので意味を噛み砕いたり、知識を縦断的に教えていく、とおっしゃっていました。
たとえば、メールというコミュニケーションツールを使った話。
「幕末に、仲の悪い薩長連合は距離も離れているのに、どうやって連絡をとっていたんだろうか?。」
「平安時代の手紙のやりとりはどうやっていたんだろうか?」など。
手を変え、品を変えて身近なところから話をするんだそうです。
現場の話としては、学校長や管理職になるとマネジメント能力が問われ、モンスターペアレンツとの接し方も話されていました。
「現場に入ると、教育に対する自分の思いと先生としてやる仕事が微妙に違ってきて、悩むこともある。やはり大切なことは国語科教師として、なにが出来るかを煎じ詰めて考えることが大切。」と、おっしゃっていました。
懇親会では、A先生も参加され、名刺交換をして、個人的にお話をさせていただきました。
わたしが学生時代に教職課程で、お世話になった先生とも、ノミュニケーションしてきました(笑)
昨日の国文の研究はとても有意義な時間になりました。