『トップ』とそれを支える『ナンバー2』。

この本では、戦国武将のエピソードを交える形で紹介されています。

徳川家康が部下に代わって宿直をする話。城に3人の宿直がいました。このうち、2人が繁華街に遊びに行っていました。
残る1人に、「わたしが、代わってやるから仲間と一緒に遊びに行け!」と言います。

部下は家康の心の深さに、感動し、これ以後は職務を全うするようになったのです。

遊ぶときは遊べ、そして、そこから何かを学べという家康流の人心掌握術でしょう。

戦国時代に、『甲斐の虎』と呼ばれた、武田信玄は部下の話の聞き方を見て、配置や役割を判断したとあります。

『話し手の顔を見ずに下を向いて、耳をこちらに向けているものは成功している。逆に、話し手の顔を見て、うなずいたり、ほほえんだりするものは、話の本質はつかんでいない。しかし、外交や調略には向いている。』
と言ったとあります。
また、戦に向かない者には、目付(軍の監視役)や城の留守役を任せたのです。「人は必ず良いところがある。」と信玄は言いました。

後に、信玄堤と呼ばれた堤防づくりにも、信玄からのトップダウンではなく、荒くれ者に案を出させ、工夫させました。その案を取り入れられるうちに、荒くれ者達は信玄に忠誠心をつくすようになったとあります。
『人は城。人は堀。情けは味方。仇は敵なり。』と言い、ひとを使うことに勝れていた信玄らしいやり方です。

ナンバー2でありながら、天下人(トップ)にもなった豊臣秀吉。

信長の部下の誰しもが失敗した墨俣城を1日で作った方法には感心します。仲の良い者同士をチーム分けし、互いに競わせたのです。
作業をするもの達のモチベーションを上げるために、、「主人の信長が、褒美を出す。」と約束し、実際にそうしたというものです。

後にトップになりながら、No.2の才能も持っていましたのが豊臣秀吉と言えるでしょう。