一年前の今日。
夜行バスが久留米に到着し、急いでみーちゃんの待つ病院に向かう。
早く会いたいし、みーちゃんの親御さんが手配してくれた新幹線の時間に間に合わないといけなかった。
みーちゃんのお父さんとお母さんが渋滞に巻き込まれたのか、到着が遅れるとの事なので、みーちゃんの入院グッズを纏める。
この日のために注文して病院に届けてもらった車椅子。
事前に押し方もネットで調べてきた。
健康な人なら何でもないような、福岡から大阪までの移動。
みーちゃんは、口からの栄養は摂れず、点滴でカロリー摂取をしていた。
胃瘻のチューブもあり、痩せて体力もない、足も浮腫んでいる。
自尿が出ないので、時間を見て導尿する必要もある状態だった。
前日からカラ元気になる点滴を打って貰っていた。
みーちゃんのお母さんの「命懸けだよ」の言葉が忘れられない。
みーちゃんのお父さんお母さんが病院に着いて、お世話になった看護師さん達とお別れする。
一人の看護師さんが、車に乗り込んだみーちゃんを抱き締めて泣いていた。
今思うと、最後のお別れだって知っていたのだろう。
いつか元気になったみーちゃんと、手土産でも持って顔を出しに来たかったな。
そういえば、あの時、雨が降っていたな…
今日も雨だ…
みーちゃんのお父さんの運転で駅に向かう。
新幹線に乗り込む前に改札口で、みーちゃんのお父さんが持ってきたカメラで皆で写真を撮った。
ここで、みーちゃんのお父さんとはお別れだ。
みーちゃんが差し出した手を握ったお父さんの目には涙が浮かんでいた。
みーちゃんの大阪に帰りたいという願いを叶えてくれた、お父さんとお母さん。
うちのそばで最期を迎える覚悟で帰ってきてくれるみーちゃん。
自分の事で精一杯だったが、我が子の余命を知らされた御両親の気持ち、家族の元を離れて、うちのところに戻ってきてくれるみーちゃんの気持ち…
毎日毎日、苦悶し、それぞれ涙していたのだろう。
新幹線には、普段授乳室として使用出来るスペースが予約すれば、ベットのように座席をセッティングして体調の優れない人でも横になっていられる個室がある。
そこに、みーちゃんと自分が入る。
みーちゃんのお母さんは一般の座席へ。
個室では2人きりだ。
みーちゃんはそこで「愛ちゃんに言っておかないといけない事がある」と話し出した。
「もう、みーは長くないかもしれない。
だから、お父さんもお母さんも大阪に帰してくれるんだと思う。
だから、愛ちゃん、覚悟しといて欲しい。」
知ってるよ…
みーちゃんのお母さんから聞いてたから…
涙も流さず、うちの目を見てしっかりと話すみーちゃん。
いつも、なんだか頼りなくて、心優しくて守ってあげなければと思っていたのに、とても強い人に見えた。
守ってもらってたのは自分だった。
泣いてしまう。
最愛の人の最期を覚悟しなければいけない事は、ここ数日ずっと考えざるを得ない事だった。
この時に泣いたのは、みーちゃんが自分の命が長くない事を受け入れていたのを知ったからだ。
くやしかったろうに…
つらかったろうに…
こわかったろうに…
みーちゃんの体調を気にかけながら、たまに窓からの景色を見ながら大阪に帰った。
あれが最後の2人の旅行だったな。
新大阪に到着し、みーちゃんのお母さんが手配してくれた介護タクシーを待つ。
その介護タクシーで転院先の病院に直行するのだ。
早く点滴をしなければいけないし、早くみーちゃんを休ませてやらないといけない、車椅子に座っているだけの体力もあまり無いのだ。
我が家に寄ってハナとイルに会ってからなんて事も考えたが到底難しい。
転院先の病院に着き、簡単な検査を受けなければならず、早く横にならせてやって欲しいとお願いした。
やはり、福岡から大阪までの移動の無理が祟り発熱してしまう。
みーちゃんのお母さんは、我が家に泊まりながら病院に通う予定だったが、簡易ベッドをレンタルすれば付き添いが出来るというので病院に泊まる事になった。
これから、みーちゃんとうちとみーちゃんのお母さんの大阪での闘病生活が始まる。
この日から約1ヶ月後にみーちゃんは旅立ってしまう。
夜行バスが久留米に到着し、急いでみーちゃんの待つ病院に向かう。
早く会いたいし、みーちゃんの親御さんが手配してくれた新幹線の時間に間に合わないといけなかった。
みーちゃんのお父さんとお母さんが渋滞に巻き込まれたのか、到着が遅れるとの事なので、みーちゃんの入院グッズを纏める。
この日のために注文して病院に届けてもらった車椅子。
事前に押し方もネットで調べてきた。
健康な人なら何でもないような、福岡から大阪までの移動。
みーちゃんは、口からの栄養は摂れず、点滴でカロリー摂取をしていた。
胃瘻のチューブもあり、痩せて体力もない、足も浮腫んでいる。
自尿が出ないので、時間を見て導尿する必要もある状態だった。
前日からカラ元気になる点滴を打って貰っていた。
みーちゃんのお母さんの「命懸けだよ」の言葉が忘れられない。
みーちゃんのお父さんお母さんが病院に着いて、お世話になった看護師さん達とお別れする。
一人の看護師さんが、車に乗り込んだみーちゃんを抱き締めて泣いていた。
今思うと、最後のお別れだって知っていたのだろう。
いつか元気になったみーちゃんと、手土産でも持って顔を出しに来たかったな。
そういえば、あの時、雨が降っていたな…
今日も雨だ…
みーちゃんのお父さんの運転で駅に向かう。
新幹線に乗り込む前に改札口で、みーちゃんのお父さんが持ってきたカメラで皆で写真を撮った。
ここで、みーちゃんのお父さんとはお別れだ。
みーちゃんが差し出した手を握ったお父さんの目には涙が浮かんでいた。
みーちゃんの大阪に帰りたいという願いを叶えてくれた、お父さんとお母さん。
うちのそばで最期を迎える覚悟で帰ってきてくれるみーちゃん。
自分の事で精一杯だったが、我が子の余命を知らされた御両親の気持ち、家族の元を離れて、うちのところに戻ってきてくれるみーちゃんの気持ち…
毎日毎日、苦悶し、それぞれ涙していたのだろう。
新幹線には、普段授乳室として使用出来るスペースが予約すれば、ベットのように座席をセッティングして体調の優れない人でも横になっていられる個室がある。
そこに、みーちゃんと自分が入る。
みーちゃんのお母さんは一般の座席へ。
個室では2人きりだ。
みーちゃんはそこで「愛ちゃんに言っておかないといけない事がある」と話し出した。
「もう、みーは長くないかもしれない。
だから、お父さんもお母さんも大阪に帰してくれるんだと思う。
だから、愛ちゃん、覚悟しといて欲しい。」
知ってるよ…
みーちゃんのお母さんから聞いてたから…
涙も流さず、うちの目を見てしっかりと話すみーちゃん。
いつも、なんだか頼りなくて、心優しくて守ってあげなければと思っていたのに、とても強い人に見えた。
守ってもらってたのは自分だった。
泣いてしまう。
最愛の人の最期を覚悟しなければいけない事は、ここ数日ずっと考えざるを得ない事だった。
この時に泣いたのは、みーちゃんが自分の命が長くない事を受け入れていたのを知ったからだ。
くやしかったろうに…
つらかったろうに…
こわかったろうに…
みーちゃんの体調を気にかけながら、たまに窓からの景色を見ながら大阪に帰った。
あれが最後の2人の旅行だったな。
新大阪に到着し、みーちゃんのお母さんが手配してくれた介護タクシーを待つ。
その介護タクシーで転院先の病院に直行するのだ。
早く点滴をしなければいけないし、早くみーちゃんを休ませてやらないといけない、車椅子に座っているだけの体力もあまり無いのだ。
我が家に寄ってハナとイルに会ってからなんて事も考えたが到底難しい。
転院先の病院に着き、簡単な検査を受けなければならず、早く横にならせてやって欲しいとお願いした。
やはり、福岡から大阪までの移動の無理が祟り発熱してしまう。
みーちゃんのお母さんは、我が家に泊まりながら病院に通う予定だったが、簡易ベッドをレンタルすれば付き添いが出来るというので病院に泊まる事になった。
これから、みーちゃんとうちとみーちゃんのお母さんの大阪での闘病生活が始まる。
この日から約1ヶ月後にみーちゃんは旅立ってしまう。