何だかややこしいお天気です。


11月です。月の始まりが雨で始まりました。


低気圧に負けてしまいます。


気のもんかな?


西の方からの空気で加減が変ります。


仕方ありませんねー


久振りに庭へ出ました。


土をフルイにかけて底石を敷いて


金木犀の50cmの苗を植えました。

感は、狂っていませんでした~よかったね~


雨が降って植木鉢の土も落ち着きます。


庭土もほぼ5年庭に出しっぱなしだったから

土の中にミミズが居ました。

昔だったらそこで庭仕事は、終わりだったけれど

今は、予定終了まで土を触っていられます。

成長しましたヾ(*゚∇゚)ノ あはは




どうしても11月は、動揺する

文字に残して自分の気持ちを整理します。







2009年から

初めは、夫の容態悪化から始まって

病院での告知があって

苦しみから痛みから逃れさせて下さいと

お願いをしました。気管切開もと言われたが

生前の話の中に延命治療は、しないでと

お互いの言葉に残していました。

24日(火)入院

25日(水)

26日(木)

27日(金)午前7時20分

28日(土)通夜式

29日(日)葬儀告別式


11月に入って連日の会合や研修会が続いていました。

10月のボランティアも自分の受けた案件だから休む事も無く

食欲は、落ちていました。あれこれ食べれるものを

用意しましたが食べられなかった。

治療薬の観察の日に病院へ行っていましたが

呼吸困難気味の事は、あまり訴えなくて

12月から酸素ボンベの利用を決めていました。


21日が孫の誕生日

22日にお誕生日会、1度もお祝いのテーブルに

来られなかった。

23日祭日だけれど病院へ行こうと説得するけれど

ノーと聴かなかった。

24日通院の日、

タクシーを呼ぶが門から出る事が出来なかった。

甥っ子の嫁ちゃんが車を出してくれましたけれど

動けなくて救急車を頼みました。


日〇病院へ運んでもらって告知を受け後に

かかりつけのドクターと日〇病院のドクターとの

電話での話し合いが大変だった。

私も電話で専門の病院へ行きなさいと

日〇病院は動かせば駄目になるのが早まるからと

かかりつけドクターが日〇病院に来てくれて

突発性間質性肺炎で専門の病院へ転院が決まって

救急車に乗っての移動した。

私は、長男の車で次男は、単車で移動

専門病院の診断も同じだった。


夏の暑い盛りに連日実家の両親の介護の事で

話し合いをしていました。

ケアマネとの話し合い

両親への説得

夫が家事を全てやってたのを私が介護を

依頼しようと夫に言いました。

私は、他人だから受け入れはノーだから

夫への負担軽減が私の望み。


でも理解出来ない両親です。


夏の疲れと夫の病気の安静が必要なのを

守らなかった。


亡くなって通夜の始まる前に来た義父が初めて

「そんなに悪い病気やったんか、知らなかった」と

言われました。

あれだけ呼吸困難な事に気付いて無かった。


夫が行けなくなって初めて義兄がお世話をやっています。

次男が夫の代わりにお手伝いに行っていたのに

義兄が気に入らなくてどなりつけ

二度と行かない、行けないと言いましたけれど

義父が亡くなったの連絡に葬儀には、長男と出てくれました。

私は、参列しませんでした。


取り留めの無い事書いています。

少し休みます。

長く読んで戴きましてありがとうございます。


ブログに書いて少し楽に・・・