出家によって仕事の関係先に迷惑を掛けることについて、教団は12日の会見で

「宗教には大きな善、小さな善という考え方がある。期待や責任を放棄することは一見悪いことに思えるが、一日も早く一人でも多くの方が救われる大きな善を取る」

と話し理解を求めている。

清水富美加さんので見た記事文だけど

例えが違うけど

ドラマとかである

少数の犠牲で大勢の命

医者の場合

一回の医療ミスより、その分野の権威で大勢の患者を救ってる教授

(最近のドラマだと昨日の A LIFEでキムタクに及川が頭を下げて恩師である教授のミスを見逃してくれと言った内容的な事)

結局

善を責任と期待と置き換えてはいるが

同じに感じる

完璧に全てを救うって難しいけど

私は小さな善もコツコツと積み立てる物で

大きな善の為に

見捨てる物じゃないと感じる

物事を遂行するために犠牲は付き物

的な感じだけど違うよそれ

もっと適切な例えや

コメントが有るんじゃないかな?

例えば

突然の引退で関係者各位に

御迷惑かけたのは事実です

でも本人は限界がきてしまい

当教団では相談を受けたさいに

現在までサポートしてきましたが

本人との話し合いの結果

より多くの人々を導く能力を活かし

活躍してもらうために

関係者各位に御迷惑かけますが

当教団に出家してもらう事になり

引退に至りました

どうか御理解をもって

今後とも宜しくお願いします

尚、御迷惑をおかけしました

関係者各位には

当教団が対応させてもらいます

なんて会見で答えてくれてたらね~

カンニング竹山さんが言う

宗教は個人の自由だから何も言わないけど

小さな善は大きな善の為に放棄する

小さな善=関係者に迷惑をかけ放棄する

大きな善=出家して多くの人々を導く

に疑問視するのは理解できるよね

教団広報の例え話しの教えの選択ミスだ

教団なんて興味無いけど

会見までして出てくるなら

教団としてサポートし

違約金払って

スッキリ後始末をしてやり

待遇で事務所とは揉めるとしても

映画やCM関係は

小さな善と例える事はダメである

ってのが私の感想である。