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こんにちは。
今日は運転免許を取得して、初めて長距離運転をしました。
大変ですね......いまだに緊張するのか、背中が凝って大変でした。
教習(技能)の初回に、助手席→運転席の移動をレバーをまたごうとして、指導員さんに絶句されたのも今や懐かしい......
さて、今回は前回に引き続き
・軍人のアルバムにはどんな属性の写真が貼られているのか
につきお話しします。
・手がかりとなる偉い人たち(下士官以上)の人をどのように判明させるか
・写真が貼られた人たちの消息
については、次回にまわしたいと思います。
どんな属性の写真があるか
1冊のアルバムには、色々な軍人の写真が貼られています。
一口に軍人といっても、大体以下の4種類に分けられると思いますので、参考にしていただければと思います。
①古兵・・・前年に入営した先輩兵士。
②同年兵・・・持ち主と同じタイミングで入営した兵士。同期。
③二年兵当時の初年兵・・・自分たちが古兵になった当時の後輩兵士。
④下士官以上の上官・・・軍隊に残るちょっと偉い人たち。
※この他に、本人の軍歴とはあまり関係ない時期の、地元の友人や親戚などの写真が貼られることもあります。
この4点に気をつけながら、写真を確認していきます。
すると、キャプションがなかった写真の性格が判明していきます。
「日本兵の写真」を、軍隊組織に基づいて見ることができるようになっていきます。
①古兵の写真
彼らは、島矢(持ち主)より1年早く入営している先輩兵士です。
島矢のケースで言うと、1935年1月に22連隊に入った人たちになります。
集合写真と照合した結果、古兵のうち初年兵教育の助手は個人写真と一致しました。
一方で、そうではない古兵は特定することができませんでした。
ノーキャプション写真の限界ですね。
今後、未見の他資料からの発見に期待です。
②初年兵(同期)の写真
集合写真をスキャナーでデジタル化しました。
これにより、一人一人の顔をはっきり見ることが可能になりました。
そして、個人写真を片っ端から照合していきます。
↓
相原
↓
曽我部
※他多数(ご親戚が1936年1月に歩兵第22連隊第11中隊に入営された方はご照会ください。また他中隊、他年次の方、他部隊の愛媛県出身軍人についての情報提供もお待ちしております)
次はこの写真です。
22連隊の兵士が3名写っています。
人物はそれぞれ一致させられますが、撮影年はどうでしょうか。
これも、軍隊の階級を参考に考えると、特定が可能です。
軍隊の階級には大きく分けて以下の3グループがあります。
上から「将校」「准士官・下士官」「兵」です。
この「兵」のグループの階級には以下の3つがあります。
上等兵→一等兵→二等兵
(えらい→下っ端)
階級を表すマークは、この時代は肩に取り付けられていました。
上等兵(星3)
一等兵(星2)
二等兵(星1)
この一覧を踏まえて先に進みましょう。
まず、3名とも前回の集合写真には「二等兵」として写っています。
よって彼らは、島矢の同年兵(同期:1936年1月入営)です。
このうち、向かって一番右の菊地が上等兵となっています。
初年兵の中から初めて「上等兵」が出るタイミングが、入営1年目の12月1日。
なので、少なくともこの写真が撮られたのは1936年12月1日以降...となります。
彼らは、夏期用の軍服を着ています。
彼らの現役期間中(2年)かつ1936年の12月以降で夏期用の軍服を着ている時期...となると、撮影年は1937年になりますね。
この写真は、1937年に撮影された同年兵(古兵)3名のスナップ...ということになります。
なお一番左の酒井は、この年8月に勃発した第二次上海事変で戦没します。
22連隊は「永津部隊」としてこの事変に参加しました。
③二年兵時代の初年兵の写真
一部の写真には、前回考察した集合写真に写っていない兵士が写っています。
その多くは星一つの「二等兵」です。
一方で、彼らと一緒に写っているのは島矢の同年兵(1936年入営)である写真が複数あります。
奥...1936入営の古兵:今村
手前...1937入営の初年兵
その階級は「上等兵」もしくは「一等兵」...これは何を意味するか。
「二年兵と初年兵」の写真ですね。
先輩(1936年入営)と後輩(1937年入営)が並んで写っているというわけです!
と思いきや「二等兵同士」とか「上等兵と一等兵」で写っていると「同年兵同士」の写真となるパターンがあります。
個人写真の状況を考える上では、もう少し大きいレベル(内務班や中隊単位)の写真が一緒に残っていない限り、注意が必要です。
アルバムをバラしたり、中身を他の写真とごちゃまぜにされてしまうと、この辺りの難易度が一気に上がってしまうんですよね。
市場でたまに見る光景ですが、しょうがないこととはいえ、残念なことです......
余談ですが、この写真に写っている初年兵ですが、偶然特定できました。
当時の地元新聞で、初期の日中戦争で戦没した愛媛出身兵士の連載特集をやっていたのですが、その中に掲載されていました。
なぜわかったかというと...
↓
誌面掲載のガビガビ写真と、所持していたオリジナルの写真が一致したのです!!!
毎度毎度コピー代が馬鹿になりませんでしたが、これで元が取れました。
彼は竹中という兵士で、第二次上海事変で戦没。
この写真に古兵(1936年兵)と一緒に写っており「二等兵」であったことから、1937年の入営兵。
と、アルバム以外の様々な資料と照らし合わせて、1枚の写真からであっても最大限に情報を引き出し、結びつけることができました。
④上官の写真
次回で詳しく述べます。
まとめ
今回の要点を以下にまとめます。
◯兵士(現役兵)のアルバムに貼られている写真の属性
①古兵(先輩)の写真
②初年兵(同期)の写真
③古兵となったあとの初年兵(後輩)の写真
④上官の写真(次回くわしく)
◯階級章に注目することで、撮影状況の推測が可能
◯内務班や中隊など、大きなレベルの写真がかなり重要
→個人写真のみでは状況が具体的に推測、確定できない
◯様々な資料と地道に照らし合わせることによって、写真1枚から引き出せる情報を増やせる
→遺族会の資料、当時の地元新聞など
一気に進めたかったのですが、かなり文字数が増えてしまいました...
よって、ここで一旦区切ろうと思います。
・手がかりとなる偉い人たち(下士官以上)の人をどのように判明させるか
は、次回ということに......
※(ご親戚が歩兵第22連隊に入営された方はご照会ください。また他中隊、他年次、他部隊の愛媛県出身軍人の方についての情報提供もお待ちしております)



























