ジブン研究室〜ミー・ラボ -54ページ目

解決策の見えない問題に悩まされるのはなぜか

「どうしよう」と
悩んでいるのは時間の無駄!

たくさん悩んで、結果として
「悩んでよかったー!」
「悩んだ甲斐があったー」って

なったことありますか?


というようなことを、
昨日のビジネス109というセミナーで
松原さんが言ってた。(Ustream視聴した)

うん、ないね。

しかし無駄なことだと
うすうすとわかってはいても
やめられないのは何故か

不快な現状があって
それが嫌なのだけれど

解決策がない!
どうしようもない!

(ように見える)

だけど嫌だから
何とかしたい!


でもどうしたらいいか…

という堂々巡りに陥るから。


たとえばわたしは、
むかし自分の容姿が気に入らなくて
「頭が大きい」
「ふくらはぎが太い」
「胸が小さい」
とかとか。

文句ばっかりだった。

それで、あるとき

「じゃあどうなったら満足?」

と考えてみたところ…。

頭がでかいのがいや
ふくらはぎがふといのがイヤ

→ならばスーパーモデルみたいだったら満足?

NO
→かっこよすぎてかわいくない かも
→まわりに背がつりあう男の人が少ない
→まわりの女子から浮きすぎていじめられるかも

と、それでも
文句ばっかりしか浮かんでこなくて

色々探してみたけれど

自分の思いつく世界の中に
自分の満足はなかった。


誰になったとしても
どうなったとしても
何かしら文句があるという
自分がそこにいただけだった…。

自分はだめだ
自分はかわいくない
自分は愛されない


というのが前提の世界だったから

むしろどう転んでも、
それがだめな理由を
なんとかひねり出してしまう
思考回路。

自分を嫌っているのは
実は世界全部を嫌ってる
のと同じだった。

そして、その答えのない世界で
もがいても悩んでも
答えなんかないに決まってるの。


だから、悩んでも答えが出ないときには
それはたぶん答えがない世界に住んでいる。

その場合、
まず世界観や前提を変える
しかなくて。


自分の昔の話にもどれば

世間の常識や一般的な美の基準にてらして
自分にあわないところを見つけては
あーやだやだやだやだ
と自分をけなしてきたけれど

根底にあったのは「自分はだめである」
という前提。

その考えを持ったままで

ダイエットしてやせても
メイクスクールにいって
きれいにお化粧しても
流行の服で着飾っても

いつまでも新しい文句がでてくる。

べつにふくらはぎが太いままでも
頭が大きいままでも

単に最初の考え、
「自分はだめだ」という価値観を
やめればよかっただけ。


何もないところに自分で勝手に
悩みを作って苦しんでただけなんだ!
なんというばか!と
つくづく思う今日この頃。

そうはいっても
「自分はだめだ」という価値観が
すっかり払拭されたかといえば
まだ、よく顔をだすよ(笑

自分はだめだから解決できない
という世界観で生きていたら
何も解決できないにきまってるわ。

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