自分のやりたいことがわからない理由について思い当たる
2/12-13とわたしにしては予定がつまっていて、
ぜんぜんブログが書けませんでした!
その間、たくさんの人と会ったり、話をしていて
今、頭の中でいろんな情報がぐるぐるしてます。
その話は一個ずつおいおい書けたらなあと思ってるけど。
そんな中、昨日一つ発見したことがあって。
それは、どうも自分として
本当は何がやりたいのか
みたいなところがぼんやりしがちだったのが
何でだったのかやっとわかりました。
それは、育ってくる過程で、何をやっても毎日
母親からダメ出しされてきたため
ずっと、何をやったら
母にダメって言われないか
ということを基準にして
物事を運んできたのだということに
気がつきました。
うちの母という人は、あまり一貫性がないというか
日によって言う事が変わったりすることもよくあったので
いつも「これでいいのか」の基準がその都度変わって不安。
なおかつ、いい悪いの基準も独自すぎて
長年一生懸命あわせようとしてきたけれど
いつまでたってもよくつかめなかった。
だから、たぶんこれをやったら
いいって言われるかなーと思って決めようとするものの
実際はよくわからない感じでいつもびくびくしていた。
しかも、すでに母は亡くなったのに
行動パターンはずっと変わらないままで
どうしたらいいのかの基準は、
今後ますますわからなくなっていくばかり。
結局
子どものときから大人になるまで
さらに大人になって家を出て
母が亡くなったあとの現在にいたるまで
無意識に、いつでも
母だったらどう思うかを想定して
あるいは、上司や先生などの
目上の人を同様な立場に置いて
そういう人たちがいいと思うのは
どういうことだろうか
と。
他人の基準で他人の機嫌を取るための
方法ばかりいつも探そうとしていたんだと
いうことに気づいた。
だから、人が渋い顔をしたらすごく落ち込むし。
それは、自分がやりたいことがわからないんじゃなくて
母あるいは周りの人が気に入ることが何なのかわからない
ってことだったんだと知った。
今後は、こんな風に
死んだ人を基準に考えるのはやめようと思った。
思ったし、これからは絶対そうするけど
そして今までそうしてきた言い訳のつもりはないけれど
こんなにも一生懸命
長年にわたって、いい大人が
ただ親に好かれたい
だめだって言わないでほしい
というためだけに
こんなにもこんなにも人生を費やして来たのだと
認識してしまったから
泣けて来てしかたがない。
ぜんぜんブログが書けませんでした!
その間、たくさんの人と会ったり、話をしていて
今、頭の中でいろんな情報がぐるぐるしてます。
その話は一個ずつおいおい書けたらなあと思ってるけど。
そんな中、昨日一つ発見したことがあって。
それは、どうも自分として
本当は何がやりたいのか
みたいなところがぼんやりしがちだったのが
何でだったのかやっとわかりました。
それは、育ってくる過程で、何をやっても毎日
母親からダメ出しされてきたため
ずっと、何をやったら
母にダメって言われないか
ということを基準にして
物事を運んできたのだということに
気がつきました。
うちの母という人は、あまり一貫性がないというか
日によって言う事が変わったりすることもよくあったので
いつも「これでいいのか」の基準がその都度変わって不安。
なおかつ、いい悪いの基準も独自すぎて
長年一生懸命あわせようとしてきたけれど
いつまでたってもよくつかめなかった。
だから、たぶんこれをやったら
いいって言われるかなーと思って決めようとするものの
実際はよくわからない感じでいつもびくびくしていた。
しかも、すでに母は亡くなったのに
行動パターンはずっと変わらないままで
どうしたらいいのかの基準は、
今後ますますわからなくなっていくばかり。
結局
子どものときから大人になるまで
さらに大人になって家を出て
母が亡くなったあとの現在にいたるまで
無意識に、いつでも
母だったらどう思うかを想定して
あるいは、上司や先生などの
目上の人を同様な立場に置いて
そういう人たちがいいと思うのは
どういうことだろうか
と。
他人の基準で他人の機嫌を取るための
方法ばかりいつも探そうとしていたんだと
いうことに気づいた。
だから、人が渋い顔をしたらすごく落ち込むし。
それは、自分がやりたいことがわからないんじゃなくて
母あるいは周りの人が気に入ることが何なのかわからない
ってことだったんだと知った。
今後は、こんな風に
死んだ人を基準に考えるのはやめようと思った。
思ったし、これからは絶対そうするけど
そして今までそうしてきた言い訳のつもりはないけれど
こんなにも一生懸命
長年にわたって、いい大人が
ただ親に好かれたい
だめだって言わないでほしい
というためだけに
こんなにもこんなにも人生を費やして来たのだと
認識してしまったから
泣けて来てしかたがない。
