勉強好きが成功しない背景心理について考察する | ジブン研究室〜ミー・ラボ

勉強好きが成功しない背景心理について考察する

さて。

日々、アメブロでの読者登録先を
徘徊しているわけですが

登録先の、セミナー講師、コーチ
コンサルタント、ヒーラー
のみなさんのブログを見ていると

たくさんのセミナーやセッションの案内や
その感想、レポートを読む事ができます。

すると、まあ、まんまと

「わたしも受けたい」

みたいに思い始めますわ。

わたし勉強するの好きなんです。


だけれども。

ちょっと待て。わたし。

一般的に「勉強が好き」というと
いいことだと思われやすいのが落とし穴で。

勉強してると「偉いね」と言われるから
それでいいとずっと思っていたけれど。

だから、今まで己の過ちに気がつかなかったけれど
(いや、薄々気づいてたのか?)

でも

そもそも
なんでそれを勉強するのか?


という視点から見てみると。

純粋に勉強が好きだから学びたいという欲求は
一応、確かにあるものの

それ以前に

「自分はダメである」

という根深い前提があった。

つまり、ずっと

「ダメな自分をなんとかしなくては」

という動機から勉強していた。


しかし、勉強して色々理解しても
たとえ難しそうな資格をとっても

「ダメな自分」という実感がなくなる事はなかった。

だから「あ、これたいした事なかったな」

と、学んだ事や習得したことを投げ捨てて
また別のことを習いに行こうとするだけだった。

だって、それを習得しても
「ダメだ」という気持ちが消えなかったんだもん。

思えば、ずっと
なにか「ダメな自分」を「ダメじゃない」と証明してくれる
資格とかスキルみたいなものを探していた。

だから、すでにできることやスキルは無視していた。

もちろん最初からうまくできる「強み」について
真剣に考えた事もなかった。

そんな人生。

そんな人生!!!!



結局、一生懸命勉強していたのは
「わたしを認めて」「ほめて」
「だめだっていわないで」


という叫びだったんだと思う。
(叫びの対象は親と親が提示する世界)

それで
世間的にかっこいい大学を出たり
難しい資格をとったりしたら

「ダメな自分」と思わなくなるかと
ずっと期待して無理して来たけど

そんなものは関係なかった。実際。


というところで。

もう、そろそろ懲りてもいい頃だよ。

そんな資格など何もなくても
単に「ダメな自分」という思い込みを
捨てればよかっただけだということに。

そうだ!もういらない!
捨ててしまえばいい!


これからは、「このセミナー受けたい」
「勉強したい」と思ったときには

「それって、ダメな自分を前提にしてない?」

と自問してみようと思うんだよ。

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