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レオヤナギさん!どちらへ?

ニュース、サッカー、音楽、etc..。自分自身のメモ帳がわりに書いて行くつもりです。転記の際、自分自身が内容を理解する為また記憶する為に、下線や色分けを独断でしております。


田中良紹氏の「国会探検」より



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2013年8月28日 17時17分

              
「何のためのパフォーマンスか」

 消費税増税を巡り政府の「集中点検会合」が開かれている。安倍総理が来年から消費税を上げるかどうかを判断する参考として有識者から意見を聞く必要があるのだと言う。政府が選んだ60人の有識者が6日間にわたり官邸に呼ばれて意見を開陳している。それをメディアが連日報道する。何のためか。

 まさか60人から意見を聞いて安倍総理が参考にすると本気で考えている人はいないだろう。やっている事はむしろ国民に向けたパフォーマンスである。民主党政権時代に「事業仕訳」を大々的にやったのとよく似ている。努力する「ふり」を見せ、国民の関心を引き付け、さらに国民の意識を操る材料を得るためのパフォーマンスである。

 従って国民は誰が賛成で誰が反対かなどに注目するより、何のためのパフォーマンスかを見極める事が重要である。有識者60人はそれぞれがどのような意見の持ち主であるか分かっているから政府に選ばれた。その意見を総理の参考にするならわざわざ官邸まで足を運ばせる必要はない。意見を書面で提出させても十分である。

 60人が議論して結論を導き出すというのなら「会合」の必要もあるだろうが、議論ではなく意見を開陳するだけなら、「会合」はカメラに撮影させるパフォーマンスに過ぎない。60人を選んだ政府は、メディアの報道によって国民がどのような印象を持つかをあらかじめ計算している。そして連日の報道を見ながら計算通りに事が運ぶかを注視している。

 報道によれば有識者の意見は消費税を来年8%に引き上げる事に賛成、反対、慎重の3つに分かれ、賛成論が多数を占めていると言う。そのように選んだのだからそうなるところに政府の狙いはある。つまり予定通りに消費税は上げるが、反対や慎重な意見もあったからなにがしかの方策を取る必要があると国民に思わせ、秋の臨時国会でなにがしかの方策を取って国民を納得させるのである。

 政治的な事で言えば、三党合意で成立した消費税法案を見直す事は難しい。国民の審判を受けその結果見直すというのなら可能だが、それもなしにいったん決めた事は変えられない。新たな法案を作りそれを秋の臨時国会で成立させるのは余程のことがない限り無理で、消費税は来年4月に8%に上がると見るのが常識である。しかし消費増税が景気回復に水を差すのも事実である。そこで秋の臨時国会景気対策が大手を振って通れる環境になる。それが狙いである。

 景気対策の一つは旧来型のバラマキで、もう一つはアベノミクスの三本目の矢である成長戦略になる。消費増税で景気回復の腰を折らないようにとの理屈がまかり通り法人を優遇する方策がとられる。普通の常識で言えば国民に増税を押し付ける一方で、法人を優遇するというのは民主主義社会では通用しないのだが、私が眉に唾をつけてみるアベノミクスに熱狂してしまう国民がいる国だから、景気の腰を折らないためにと言われると、法人を優遇する成長戦略を受け入れる可能性がある。

 成長戦略の本命は労働力の流動化だと私は思う。なぜならグローバリズムに迎合しないとアベノミクスの成長戦略は評価されないからである。5月に安倍総理が自信満々の表情で発表した成長戦略は市場から全く評価されなかった。グローバリズムの本家であるアメリカでは日本経済の最大の問題は労働力の流動化がない事だと言われる。それがないと市場は評価してくれない事になる。

 1980年代、アメリカは日本経済にしてやられた。家電はもちろん、自動車、半導体など日本製品がアメリカ市場を席巻し、ついに85年には第一次世界大戦以降金貸し国であったアメリカが世界一の借金国に転落した。日本経済がアメリカにとってソ連以上の最大の脅威となった。

 アメリカは日本経済を徹底的に分析し、政官財が一体となり終身雇用制と年功序列賃金の安定した雇用制度が基盤にあることを突き止めた。それは移民国家アメリカにとって真似のできない日本ならではの仕組みである。日本経済に打ち勝つため日本の仕組みを解体する作業が始められた。

 アメリカは政官財の癒着構造をメディアに批判させ、大蔵省と通産省の弱体化を図り、日本の構造改革を強く迫るようになった。円高と低金利政策を強引に日本に押し付け、そのために発生したバブルが崩壊すると、日本は「失われた時代」を迎える。一方のアメリカは情報と金融に特化して不況を脱出し、グローバリズムを主張して世界のアメリカ化を図り始めた。土俵が同じなら負けないとアメリカは考えるからである。

 クリントン時代に双子の赤字を解消して自信を回復した頃、グリーンスパンFRB議長は議会でこう証言した。「アメリカ経済は二度と日本経済に負けない。なぜなら日本には労働力の流動化がないからだ」と。言葉とは裏腹にここにも日本を同じ土俵に乗せれば日本に負けないという考えが読み取れる。

 従ってグローバリズムに迎合するアベノミクスを続ける限り労働力の流動化は避けられない。しかし簡単に解雇されるアメリカ型社会に日本国民の抵抗は根強い。それを潜り抜けるのにどうするか。それを政府は考えていると思う。国民にとって劇薬となる構造改革を実現するためにもう一つの劇薬である消費増税が利用されているように私には感じられる。それが「点検会合」の狙いだと思う。毒を以て毒を制するような話だが、国民にはどちらの毒も苦しみの毒となるのである。





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田中良紹氏の「国会探検」より




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2013年8月22日 16時37分

                  「猛暑の記憶」

 日本列島は記録的な猛暑である。8月12日に高知県四万十市で観測史上最高の41度を記録した。それまでは2007年8月16日に埼玉県熊谷市と愛知県多治見市で記録した40.9度が最高で、今年は6年ぶりの猛暑という事になる。

 安倍総理は猛暑の東京を避け、山梨県の別荘でゴルフ三昧の夏休みを送ったが、6年前は猛暑の中で苦悶していた。7月29日に行われた参議院選挙で自民党が歴史的大敗を喫したからである。自民党は選挙前の64議席を37議席に減らし、32議席を60議席に増やした民主党に参議院第一党の座を譲り、国会は衆参ねじれの状態となった。

 自民党結党以来、参議院選挙に敗れた総理は宇野宗佑氏と橋本龍太郎氏の二人だけだったが、二人とも責任を取って直ちに総理を辞任した。ところが安倍総理は参議院選挙を政権選択の選挙ではないという理由で続投を表明する。しかし選挙で安倍総理は「私を選ぶか、民主党の小沢さんを選ぶのかの選挙だ」と国民に訴えていたのである。

 おそらく安倍総理は惨敗の原因を自らの責任ではなく小泉構造改革に対する国民の不満のせいだと考え、小泉路線からの脱却を図るために続投を表明したのではないかと思う。しかし自民党はこの未熟な総理に見切りをつけていた。とはいえ公然と最高権力者の足を引っ張る訳にはいかない。自ら退陣するように首を絞める作業が開始された。

 安倍総理が国際公約したテロ特措法に民主党が反対すれば、ねじれ国会では成立に90日以上の時間を確保しなければならない。11月1日に期限の切れるテロ特措法を継続するには8月中に国会を開き、衆議院で可決しておく必要があった。

 ところが月内召集を指示した安倍総理に対し、中川秀直幹事長、二階俊博国対委員長らが抵抗した。8月8日には月内召集の見送りが固まる。その時点で安倍総理は国際公約に違反し海上自衛隊にインド洋からの撤退を命令する総理になることが確定した。一方メディアには「内閣改造の身体検査には時間がかかるものだ」という解説が流され、そうした事情が見えないようカムフラージュされた。

 同じ8日に訪米中の小池百合子防衛大臣が急遽チェイニー副大統領と会談するというおまけがつく。防衛大臣がカウンターパートの国防長官より格上の副大統領と会談するのは極めて異例である。安倍総理に代わる候補として小池大臣をアメリカにお披露目させているように見える。おそらく小泉前総理が裏で演出したのではないかと思われた。

 そして公明党の北側一雄幹事長もこの日に集団的自衛権の容認に反対する意思を明確にして安倍総理に打撃を与えた。続投を表明してから10日後に安倍総理の首は絞まり始めたのである。猛暑の中で悶々としながら安倍総理は27日に党役員人事と内閣改造を行い、麻生太郎氏を幹事長に据え、麻生幹事長が小泉政治を批判して小泉離れを鮮明にした。しかし9月に入り国会が召集されると退陣せざるを得ないところにまで追い込まれていた。

 今年の夏は同じ猛暑でも安倍総理には真逆である。7月の参議院選挙で自民党は34議席を65議席に増やし、民主党は44議席を17議席に減らした。衆参のねじれは解消し、安倍総理は国民から白紙委任状を得ることが出来た。まさに地獄から天国に上った心地ではないか。

 するとその違いが8月15日に行われた全国戦没者追悼式の式辞に象徴的に現れる。6年前の8月15日、苦悶の中にある安倍総理は次のような式辞を述べた。「我が国は、多くの国々、とりわけアジア各国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。国民を代表して深い反省と共に、犠牲となった方々に、謹んで哀悼の意を表します。(中略)我が国は、戦争の反省を踏まえ、不戦の誓いを堅持し、世界各国との友好関係を一層発展させ、国際社会の先頭に立ち、世界の恒久平和の確立に積極的に貢献していく事を誓います」。

 それが今年の式辞にはない。その部分は「私たちは、歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓を深く胸に刻みつつ、希望に満ちた、国の未来を切り拓いてまいります。世界の恒久平和に、能うる限り貢献し、万人が、心豊かに暮らせる世を実現するよう、全力を尽くしてまいります」に変わった。アジアに対する「加害責任」も、「深い反省」も、「不戦の誓い」も式辞から消えた。

 8月20日、ドイツのメルケル首相はナチス時代の強制収容所を訪れ、「深い悲しみと恥ずかしさを感じる」と述べて過去の歴史を反省し、そのうえで「通貨を共有する国は戦争しない」とヨーロッパの統一を呼びかける演説を行った。第二次大戦の敗戦国として同じ立場にあった日本とドイツは、戦後アメリカの従属下に置かれたが、冷戦が終わった頃から異なる進路を歩むようになった。

 ドイツは過去の歴史を反省し、周辺国との連携を促進して地域共同体を作り、ドルの支配から逃れるように統一通貨ユーロを作りその中心に位置するようになった。一方の日本は冷戦構造を巧みに利用して格差の少ない経済大国を実現したが、冷戦後はアメリカの論理に屈してさらなる従属下に置かれ、周辺諸国との関係を悪化させている。その関係悪化がさらにアメリカ依存を強めさせる悪循環を生む。それは「一億総中流」だった日本が先進国の中で最も格差が大きく、貧困化率の高いアメリカに近づく事を意味する。

 そのアメリカ化を促すTPP交渉がいよいよ山場を迎える。しかし自民大勝の選挙結果は日本の交渉力を弱めさせる結果を生む。かつての自民党は決して野党の存在感を弱めさせることをしなかった。野党の存在を理由にアメリカを揺さぶる交渉力を発揮した。それがなくなった今、しかも周辺諸国との関係悪化でアメリカ依存を強めざるを得なくなっている今、アメリカと対等に渡り合える力はそれだけ失われている。

 権力者は絶頂期に墓穴を掘ると言うが、8月15日の安倍総理の二つの式辞と8月20日のメルケル首相の演説を重ね合わせると、冷戦後を生き抜く日本の国家戦略に大いなる疑問を感じてしまうのである。






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武田邦彦(中部大学)氏のブログより



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平成25年8月17日

【健康】「禁煙学会」、「禁煙科学会」は名称の変更が必要

  「tdyno.342-(8:12).mp3」をダウンロード

宮崎駿さんの作品に対して「禁煙学会」がクレームを付け、話題になっている。この問題について、考えて見たい。

学問は政治的、社会的な活動を行ってはいけない。憲法で定められた学問の自由は「内的・精神的自由」であって、それが社会的に何らかの影響を持つ場合は、「学問」から離れなければならないから、「学会」という名前を冠することはできない。

「禁煙運動実施会」などの名称なら問題はない。これも憲法で保障されている思想・信条の自由に属することだ。禁煙学会の人は憲法の思想信条・結社の自由に基づいて活動をされていると思うけれど、それには誠実な名称が必要であるのは当然である。

というのは、「喫煙」という行為はそれ自体は社会的にほとんど影響を与えるものではないが、喫煙を嫌う人に取っては問題であり、自分の思想信条を大切にするなら、他人の思想信条も大切にしなければならない。

また、他人のことを考えて喫煙を制限した方が誠実な日本人だという理由で活動をしている場合は、活動自体が誠実でなければならない。「学会」という名前は「学問的な研究をしている」ことを意味しているので、誠実な名称なら「喫煙学会」である。「喫煙」というのを学問的に研究すると「日本人にとってその益より害の方が大きい」という結論が得られるかも知れない。それは中立的、内的、精神的の範囲に限られるからである。

また「禁煙科学会」というのは医師を中心に行われているが、もし医学者として団体を作るなら「喫煙科学会」もしくは「タバコ学会」のような名称に限定されるし、医師(専門家)としての団体なら法令で定められた範囲に限定される。

裁判官も専門家であるが、裁判官が「死刑廃止学会」を作るのは一般的には好ましくなく、研鑽のための「量刑研究会」ならギリギリよいかも知れない。

私たちは学問の自由を守る必要があり、どうしてもかつてのナチスのように「ゲルマン民族優位学会」のような政治色や方向性、思想信条と学問を混合した活動や名称は好ましくないのだ。

禁煙学会、禁煙科学会の皆さんの誠意ある名称の変更、活動の変更を希望します。





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