中野剛志氏は「TPP反対」だけど「原発推進賛成」だよ | レオヤナギさん!どちらへ?

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中野剛志氏はハッキリと断言している。
 「僕は脱原発なんぞはしない!」と....。

TPPで国がつぶれる可能性と、放射能で国が壊滅する可能性と、どちらが良いのかな?



「平等党カタルシスブログ」氏の記事より


<転記開始>↓


2011-10-31

   「中野剛志の破綻」

以下の文章はYOU TUBEに上がっている映像『脱(反)原発に なぜ左翼が多いのか』で中野剛志がしゃべっていることを文字に起こしたものである。厳密に正確な文字おこしではないが、大意は間違っていないはずである。

この文字おこしは彼の論理に共感したからではなく、批判したかったからである。批判の一端を【 】に書いた。

この書きおこしは、私がツイッターに「中野剛志は核武装論者らしい」と書いたことを証明する意味で行った。彼はそれを明示しているわけではないので「…らしい」と書いたわけだが、それは彼の主張の延長線上にあきらかに存在することを想像して差し支えないことは、すべてを読めば明らかだと思う。逆に明示しないところが、彼の卑怯な部分であろう。

彼はさまざまな部分で決め付けや面白おかしい言葉による粉飾、論理の放擲を弄して勝手な論理を構築している。その論理展開は、かれが左翼的な人々の論理展開の「破綻」を指摘する以前に、自らの論理展開がそれ以上に激しく破綻していることを見せ付けている。他の映像に「せっかくチャンネルさくらに出させていただいたので」と述懐する場面があったが、それは彼の展開する論理がどのような人々に受け入れられているかをよく表している。

彼はTPP反対論者としてうけている。しかし、ある意味心地よい彼の発言の裏に国家主義者としての破綻した論理があることを見逃してはいけない。

ちなみに彼は去年まで官僚をやっていたという。ほんまにロクなのおらんなあ、官僚は。






『脱(反)原発に なぜ左翼が多いのか』

京都大学の中野剛志です。

「トイレがない」と言われている原発だが、地下300メートルで人が入れないようにして管理することは技術的に可能。コスト的にも可能。すでにその金を積み立てる制度はできている。処分地を決める手続きの法律も存在している。放射性廃棄物は核分裂を起こしているわけではないので管理は容易。
【「技術的に可能」とか「管理は容易」とか決め付けるが、今まさにそれを論争している最中なのだし、決め付けの前提条件がはっきりしないから論理にもなっていない。コスト的に可能ということと金を積み立てる制度ができているという論理は同じではないし、ましてその制度が正しいかどうかも論証できていない】

なぜ「トイレがない」と言われているかというと、処分地が決められない。民主主義の手続きとして。みんなやだやだ言って、せっかく手を上げているのに、みんなで潰す。これは政治の問題。民主主義の問題だ。ということを踏まえて。民主的にうまくやれば問題はない。われわれ国民の問題だということ。すでに出てしまった放射性廃棄物の問題からは逃げられない。

もっと言えば、脱原発論者も、放射性廃棄物をどうするかということは自分らで言ってくれないと解決しない。だから原発やめてもいいけど、この問題からは逃げられない。さらに一端処分場が決まっちゃうと、「トイレがない」という論理が崩れるので、たちが悪い【どこが?】

なんか目つきの悪いヒトとか下唇突き出したヒトとかいますね【誰のこと?論理の破綻をごまかすため、エキセントリックな言葉を多用するのが特徴】、ああいう人たちが原発はおかしいんだ、なにがおかしいんだとあげつらっているが、放射性廃棄物の問題からは逃げられないんだぞ、ということは言っておきたい【そらそうやろ、それで?】今日の画像が放映されるのが8月15日ということなので、若干それにちなんだ話を。私は「終戦記念日」という言い方が嫌いで敗戦記念日だろうと。自分たちが独立を失ったを祝いたくなんかない。

どうも反原発の人たちは昔からそうなんですけど、いわゆる左翼的な人たちが多い。私は原発も核エネルギー、原爆も核エネルギーということで被爆国の核アレルギーがあるのかなあと思っていたが、最近そうではないと思うようになった。

じゃなんで左翼的な人たちが脱原発にスッと乗るのかなというと、今回の問題は、震災でも原発が可能かどうかということ一点に絞られるべき問題で、技術論が終わればこの議論は終わりのはずなのに【そうかあ?他に地域差別の問題とかもあるだろう、第一、技術論的にも一朝一夕に片付く問題ではなかろう】、そういう議論に関してまだ根拠もわかっていないのに【???】ワーワーワーワーですね、脱原発という議論だけが決まっていく【決まっていけばいいのになー】という戦後日本の問題だ。では、なぜ脱原発なのかというと核アレルギーではない。

原発をなぜ推進するかというと、エネルギー安全保障、国家安全保障だ。国家の独立のためなんですね。そのためにやる。今回のような事故のリスクは億万分の一にまで減らすことはできても、完全に消すことはできない。反原発の人たちは完全に消せないのになぜやるんだというが、国防というのは、わが国の国民のリスクがゼロでなくても、コストをかけてでもやらなきゃいけないことなんですね。

たとえば軍隊がそうですよね。
自分たちの国を守るためには、自分たちが命を賭けなきゃいけない局面がある。つまり国防、国家の独立のためには必ず、国民が犠牲にならなければいけないリスクは残っちゃう。これが国家安全保障だ。【彼の超国家主義的な考えがよく顕われている】

従ってなぜリスクがあるのに原発をやるんだといえば、国家安全保障との引き換えで必要だということだ。従って原発の目的はまず国家安全保障だということだ。その国家安全保障ということがいやだ、国家を自分たちの手で守るということが理解できないのが左翼であり、戦後日本的な人たちだ。

原発には国家的なものがいっぱいまとわり付いている。それがいやなんです。戦後日本的な人たちは。彼らは技術的なことを言ってくるので、こっちも技術的な反論をするが、彼らが嫌がっているのは国家的なものなのでその議論は通用しない。【それは当たってる】技術的には大丈夫なんだといっても、国家は嘘をつくからだめだ、と彼らは言う。

核エネルギーやプルトニウムを平和利用するといっても、国家は嘘をつくからといって信用しない。彼らは反原発ではない。反国家なのだ【今頃わかったのか。遅い!】。これは左翼に限ったことではない。今回の「戦争を振り返る」という意味ではますます日本全体の問題だ。戦争にしても原発にしてもそこから反省するということがある。

たとえば戦争に関して言えば原爆を二つも落とされた。この戦争の反省の仕方というと、大雑把に言って二つある。ひとつは二度と戦争に負けない強い軍隊を持ちましょう、という解決策ですね。

もうひとつは、そもそも解決策にはなってないが、武力そのものを放棄してしまえ、と。国防というものを止めてしまえばいいんだ、という議論があって、どちらかというと後者のほうに多かれ少なかれ傾いてきた。ところが武力を放棄するということは今となっては非現実的で欺瞞であるということはほぼ明らかなんですね【それはあんたの考え方であって、定説化するのはいかがなものか、コスタリカのような国もあるでよ】

原発も同じ。今回の事故のような事があったら、どうすれば安全な原発が作れるかということを議論しなければならない。今回の事故を教訓により安全な原発が作れるか否かを議論しましょう、できないならやめましょうという議論をしなければならないのに、原発そのものを放棄しましょうという。

武力放棄と同じ議論だ【ここに彼の論理の欺瞞がある。つまり国防とエネルギー確保をごちゃ混ぜにして、エネルギー確保があたかも国防問題であるかのように装っている、国防問題すなわち軍事問題では究極的に武装するか否かの二者択一しかないが、エネルギー確保に関しては原発やるかやらないかに二者択一以外に自然エネルギーを導入するという第三の道がある】

従って、脱原発の人たちは、武力蜂起の平和主義のお花畑と同じようにいろんなところで議論が破綻している【破綻しているのはお前の論理だ】がそれがすごく似ている。
だけどこれは左翼がどうのっていう話じゃない。現に今回の事故で日本人全体が脱原発のほうにワーッと流れたので、これは日本人そのものの問題だ。

いくつか類似の証拠はある。
今回の事故に関して「安全神話があったのに、政府に騙された、東電に騙された。安全神話が崩れた」という言い方がずっと言われている。本当に安全神話があるって信じてたんだったら、なんで原発が人がいないところにあるんだ、なんで福島の人たちは避難訓練やってるんだってことになるが【???】、そんなことはそっちのけで、とにかく安全神話に騙されたという。

これは、戦争を反省するというときの論理と同じ。我々は善良だったが、軍部に騙された、国民には責任はない、俺たちは騙されたんだ、国家が悪い、軍部が悪いという議論が戦後ずーっとやってたわけだ。

それと同じで、我々は騙されてたんだ、安全神話に騙されてたんだ、だから責任追及だという議論だ。
第二次大戦は、たしかに指導者や軍部もアホだと私も思うが、アメリカに突きつけられたハルノートに明らかなように、当時合法的な領土も放棄せよと責められたら、当時の常識として戦争しかないわけですね。そういう風にアメリカって追い込んできたわけですよ。だからアメリカがどうって言うつもりはないが、ようは軍部がどうとかという矮小な話ではない。

今回の事故もそうですよ。チェルノブイリのように、東電がいい加減なオペレーションをやっていたわけでもないのに、当時の軍部のようにうまくいかなかったことは多々あれども、それを全部政府が悪いとか、東電が悪いとかいう問題に帰することはできないはずなんだが、そういう議論が非常に流行る。

軍部とか政府とかの責任者探しと同じことをずっとやっているんだが、まさに菅首相がその象徴なワケですよ。薬害エイズと同じように保安院をたたくという構図になっているが、そういう議論というのは全部間違っているとわ言わないが、精神の問題として非常に不健全だなと思う。

最後に、戦争に関する反省の欺瞞は、戦後すぐに小林秀雄が有名な台詞を吐いた。戦争について語る座談会のようなもので、皆が反省しているときに、小林秀雄は男で、逆切れして、こう言い放つ。「君たちは利口だからたんと反省なさるが良い。僕は馬鹿だから反省なんぞはしない!」と言い放って、みんなからバッシングされる。私はその気持ちはよくわかる。そういった後付けで小ざかしいことをワーワーワーワーいうことじゃないだろうと。

いま原発で起こっていることは、まさに小林秀雄が逆切れしたことに良く似ている。従って私ははっきり言います。「僕は馬鹿なんで脱原発なんぞはしない!」【勝手にせえや】





↑<転記終了>