朝日新聞記者の憂鬱 | レオヤナギさん!どちらへ?

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現代ビジネス

永田町ディープスロートより

   http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1521



転記開始

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2010年11月05日(金) 週刊現代



 新聞が瀕死状態に陥っている。記者たちは自信を失い、読者は読みたい記事が載っていないと不満を募らせる。今、新聞に何が起きているのか。


                         [文:ジャーナリスト・井上久男]


新聞記者たちの不安を聞きに行く

【第一回】 朝日新聞記者の憂鬱

オレたちの仕事はなくなるのか 会社はどうなる

「特捜部不祥事特報 本社に新聞協会賞」


 朝日新聞社の社内報「エー・ダッシュ」秋号(10月21日発行)の表紙に大きく掲げられた見出しだ。


「校了直前にビッグニュースが飛び込んできました(中略)。喜びつつ、大あわてでページを組み替えました」


 最終ページに掲載された社報編集長のコメントから、その喜びと興奮が伝わってくる。


 2期連続の赤字で苦しむ朝日新聞にとっては久しぶりの朗報であり、社内では受賞を聞いた役員クラスの編集幹部がはしゃぐ姿も目撃されている。


 「特捜部不祥事」とは周知の通り、障害者団体向け郵便割引制度が悪用された事件に絡み、大阪地検特捜部の前田恒彦検事が証拠のフロッピーディスク(FD)のデータを、自らの捜査の見立てに合うように改竄した事件だ。厚生労働省局長だった村木厚子氏に無罪判決が出た直後、朝日新聞は2010年9月21日付朝刊1面トップで、検察史に残るこの前代未聞の事件をスクープした。


 スクープしたのは、大阪本社社会グループに所属する30代半ばの記者だ。彼は'07年に栃木県の地方紙である下野新聞から朝日新聞に転職。下野時代の'05年にも、栃木県警が知的障害者を誤認逮捕した問題をすっぱ抜いた敏腕記者で、'06年の日本新聞労連ジャーナリスト大賞にも選ばれている。


 一般的に朝日新聞記者の中には「エリート臭」を漂わせ、頭で記事を書くことが専らの人材も多いが、彼は地方紙時代からこつこつと「足で稼ぐ」タイプだったようだ。


 筆者は約13年間、朝日新聞記者として勤務し、6年前にフリージャーナリストに転じた。新聞記者の苦労も少しはわかっているつもりだ。この若い記者も、おそらく早朝から深夜まで夜討ち朝駆け取材に努力し、その成果がスクープに結びついたのであろう。その努力に対して文句をつける気持ちはまったくないし、素直に敬意を払う。


 だが、浮かれる上層部とは対照的に、朝日社内にはこの協会賞受賞を疑問視する声も少なからずある。単純な嫉妬などではない。特ダネを書いた記者に嫉妬するのは、むしろ新聞記者として健全なライバル意識でもある。


 朝日の「村木氏逮捕」や「証拠FD改竄」報道から見えてくるのは、ジャーナリズムの根幹に触れるような問題だ。そして、それはなにも朝日新聞だけに限った話ではない。多かれ少なかれ、どの新聞も、どの新聞記者も抱えている問題なのだ。


 現在、新聞が置かれている状況は極めて厳しい。業界全体の発行部数は'00年に5380万部ほどだったのが、昨年10月段階で約5035万部に減少。特に'08年から'09年にかけて100万部以上も減らしている。


 朝日、読売、日経、毎日、産経の全国紙を見ても、読売が'09年に前年比で微増した他は、軒並み部数を下げた。広告収入でも'09年に初めてネット広告が新聞を上回った。各社ともリストラや賃金カットなどの人件費削減の一方、ネットへの進出など新事業に力を入れているが、明るい展望は描けないままだ。


 10年前までは考えられなかったが、新聞記者たちは自分たちの仕事や会社が、このままではなくなってしまうのではないかと本気で考え始めている。筆者はこれから3回にわたって、記者たちが抱える「不安」に焦点を当て、新聞社や記者たちが直面している問題をレポートする予定だ。


 今回紹介する朝日新聞のケースは、新聞記者の取材とはどうあるべきなのかを問い直すうえでも、重要な意味を持っている。



幹部に送られた社外秘メール

 10月4日、朝日新聞の一部の管理職に「社外秘」と銘打たれたメールが送られた。内容は、前特捜部長逮捕の記事に関するレポートで、作成したのは同社の記事審査委員会である。記事審査委員会とは、主に他紙と朝日の報道内容を比較検討し、良質の紙面を作っていくために、社内議論のベースとなるレポートの作成を担当する部署である。


 少し長くなるが、このレポートを引用する。


< 現時点でも前(特捜)部長らは全面的に容疑を否認しているという。最高検側は裏づけとなる証拠をどこまで集めているのだろう。支えは前田検事や同僚検事らの供述しかないのだろうか。国民は当然、今回の最高検による捜査もまた、見立てに合わせた供述を取るような強引な方向に走る危険があると感じている。


 供述をめぐる報道合戦の中で、気がつけば最高検の描く構図に沿った認識が広がっていく、まさに郵便不正事件と同じ事が繰り返されているのではないかとさえ疑い始めているのかもしれない。捜査する側は検察、される側も検察。弁護人も検察OBがついているのだろうか。そうだとすれば、『検察ムラ』の中だけで事が進んでいることになる(中略)。


 本筋に関わる情報を取るのに全力を挙げるのは当然だが、それぞれの時点でどのような証拠があるのか、それで有罪は立証されるのか、冷静に分析しながら、節目での解説など客観的な紙面づくりを心がけていってほしい。 >


 そもそも、村木氏逮捕から検察の証拠FD改竄事件につながる一連の「郵便割引制度悪用事件」は、朝日新聞が2008年10月6日付朝刊で報じた特ダネが発端だ。朝日の報道を受けて大阪地検特捜部が捜査に乗り出した。その後、結果的に捜査線上から消えるが、政治家の名前も浮上し、現役高級官僚だった村木氏を逮捕。


 火付け役となった朝日新聞は、誤った大阪地検特捜部の見立てどおりに、検察からのリーク情報を駆使して「村木氏クロ説」を書き続けた。


 むろん、朝日に限らず、検察の見立て通りに村木氏が怪しいと書いたのは他紙も同様だった。


 そして、村木氏に無罪判決が下され、検察の見立てがいかに強引でいい加減だったかが白日のもとに晒された。


 朝日の記事審査委員会レポートは、証拠FD改竄事件についても、最高検の見立てに合うように事件が作られているのではないか、それを読者は見抜いているのに、記者たちはあくまで検察の見立てに引き摺られ、そのリークによって記事を書いているのではないかと警鐘を鳴らしているのである。


 筆者の取材に対して、朝日新聞大阪本社の中堅記者は「世間から、マッチポンプと受け止められても仕方ない」と語り、自嘲気味にこう続けた。


「『記事審』が指摘しているような話を紙面で書かないと危ないよっていう話ですよね。村木局長逮捕をさんざん煽って書いていた事実には頬被りして、今回はFD改竄事件を最高検のリークによってイケイケどんどんで書く。これでは村木氏誤認逮捕の時と精神構造が全く同じです。


 こうした報道姿勢を反省しない限り、朝日は変われない。でも、残念ながら、社として前回の誤認逮捕報道を反省するよりも、新聞協会賞受賞に浮かれる空気のほうが強い。雑誌がどんどん指摘して書いてほしい」


 この問題について別の中堅記者はこう説明する。


「村木局長逮捕時から厚労省内では、『大阪地検特捜部は(村木氏の部下だった)上村(勉)係長の供述だけで立件しようとしているが大丈夫か』という声がありました。実際、厚労省内には村木氏のために検察と戦おうとする動きもあったほどです。


 村木局長逮捕に疑問を持ち、それを調べるのがジャーナリストである新聞記者の仕事なのに、検察のリークのままに誤認逮捕を書きたて、舌の根も乾かないうちに今度は特捜部不祥事報道で新聞協会賞だと肩で風を切って歩く姿は社内で見ていても腹立たしい」



幻の「新聞協会賞」


 '88年に発覚した「リクルート事件」では、朝日新聞は横浜支局の若手記者が中心となり、警察や検察の捜査に頼らない調査報道で問題をあぶり出し、それを報じたことが巨大疑獄事件発覚の端緒となった。しかし、同時期に朝日のカメラマンが沖縄でサンゴ礁に傷を付けてやらせ写真を撮った「サンゴ事件」が起きたため、これと相殺される形で「リクルート事件」は新聞協会賞を獲得できなかった過去がある。


 今回の「証拠FD改竄報道」はタイミング的に、すでに内定していた協会賞対象報道に追加する形で受賞が決まった。全会一致だったという。選考する側に、誤認逮捕報道と「相殺」する判断はなかったようだ。


 それはそうだろう。権力のリークに頼る報道は朝日だけの問題ではない。新聞協会賞は新聞社の業界団体が「内輪の理屈」で決める賞である。


 ある大手紙デスクが、その「内輪の理屈」について解説する。

「新聞をはじめとするメディアからの批判を許さない検察と、お抱え司法担当記者がスクラムを組んでいるんです。だから、捜査に対する疑問の声を封殺してしまい、誤認逮捕も起こる。しかし、検察のリーク情報を入手できない記者は、『できない記者』の烙印を押されるのも事実。捜査の見立てを間違ったのは検察で、どこの社もリーク情報で記事を書いている以上、誤認逮捕報道との『相殺』という発想にはなりません」


 実は、朝日新聞は今年、会心の調査報道によるスクープを協会賞に申請しながら、自らの判断ミスによって「獲物」を逃している。


 その調査報道とは、鳩山由紀夫前首相の「故人による政治献金問題」である。朝日のある記者は怒りを込めてこう話す。


「政治資金収支報告書などを丹念に調べていて、死亡者が献金している事実を掴んだようです。それを記事にしようとした際、当時の編集局幹部が『死んだ人間の話に興味はない。それよりも朝日は民主党による政権交代を後押しすべきだ』と言って、社として1面にふさわしくない記事と判断されたと聞いています」


 その結果、朝日の第1報は、2009年6月16日付朝刊の第1面ではなく、社会面に掲載された。各紙はその日の夕刊や翌日の朝刊で後追いし、国会でも取り上げられることになった。


 朝日は「故人献金報道」を新聞協会賞に申請し、1次審査は通過したが、「扱いが小さい社会面だったという理由から2次審査で落選した」(前出の大手紙デスク)。「故人献金問題」を掘り起こしたのは、朝日が新設した特別報道チーム(現・同センター)の記者たちだ。リークに頼らず、地道な調査報道を充実させる目的で作った部門がせっかく挙げた成果を、編集局幹部の判断ミスによって握りつぶしたに等しい。


 ちなみに、朝日が「民主党政権を後押しする」ために連日報道した内容は、『民主党政権100日の真相』(朝日新聞政権取材センター編、朝日新聞出版)という一冊にまとめられている。この本を読んだノンフィクション作家の立花隆氏は、週刊誌上で「政権ベタベタ時代の報道が中心で批判的視点に欠けるから、途中でバカバカしくなって読むのをやめた」(「週刊文春」2010年2月11日号)と切り捨てている。



ヨイショ記事で広告を

 筆者が記者たちの声を聞いていくなかで、読者が求めているようなわかりやすくて、かつ深い内容の記事を書けなくなったという悩みを打ち明ける人は少なくなかった。筆者の実感としても、読みたい記事は昔に比べて減っている。私事で恐縮だが、筆者の70歳になる母は50年以上も朝日新聞の読者だが、「最近は読みたい記事がない」と言って、夕刊の購読を停止した。なぜ、新聞記事はつまらなくなってしまったのか。


 調査報道に熱心な朝日の若手記者の一人がこう嘆く。


「訴訟などを恐れてすぐに会社はびびってしまう。政治家に限らず、取材対象である権力と対峙する気概がないから、抗議を受けるとすぐに水面下で手打ちをする。それでは舐められる。摩擦を恐れていては世間の読者が本当に読みたい記事を書くことはできません」


 読みたい記事がないから、新聞が売れなくなり、媒体としての価値も下がって広告も減る。その結果、新聞社の経営が悪化する。インターネットの発達など外的要因ももちろんあるが、ごく当たり前の話である。日本新聞協会の調べによると、2001年以降、一貫して新聞業界全体の販売収入は下がり続けている。


 朝日新聞も'08年度の決算で、1919年に株式会社化されて以来、初めての営業赤字に転落し、'09年度も赤字が続いた。'10年度も3期連続の赤字が濃厚だ。当然、記者たちのボーナスも3割カット、'11年度からは固定給の月給10%カットが労組に提案されている。


 日本新聞労働組合連合(新聞労連)によると、加盟社85社の大括りのデータによる記者たちの年収平均(残業手当等は除く)は'01年がピークで約620万円だったのが、'10年には約570万円に落ちたという。なお、新聞記者の場合、年収の半分程度が残業代というケースも少なくなく、ここに示した金額は「本給+ボーナス」のみを単純に平均した数値である。


「基本給はほとんど増減していないので、賞与が10年で50万円減ったことを意味しています。時間外手当はこちらで把握していませんが、実際には削られる傾向にあるので、収入はもっと大きく落ち込んでいると見られます」(新聞労連の田中伸武副委員長)


 新聞が売れなくなったことは、記者たちの給料だけでなく、紙面の作り方にも影響を及ぼした。筆者自身の経験だが、所属していた朝日新聞では大手電機メーカーの「ヨイショ記事」を書く代わりに広告を積み増す「密約」が交わされていた。


 新聞社の全体の収入の2~3割を占める広告収入も減っている。'09年度の新聞広告費の総額は6739億円で、前年比18.6%減。この10年で約半分に落ち込んだ。だから、なんとか広告を出してもらうために、経営陣はクライアントである企業の機嫌を損ねまいとする。


 さすがに記者に対して「ヨイショ記事」を書けと注文することはないが、部長などを通じて「こういう内容の記事が書けないか」と暗に要求される。そんな記事を読者が読みたいはずもない。そして、読者はますます新聞を読まなくなる。完全な悪循環である。


 先輩記者の一人は筆者に、「上層部からヨイショ記事を書けと匂わされても、昔は反発してあえて厳しい記事を書く記者も少なくなかった。でも、今は上司の言うことをよく聞く『会社員記者』が増えた。要するに、本当のジャーナリストなんかいらない会社になったんだよ」と語った。


 そもそも、新聞記者を志望する人材の多くは、権力の不正を暴いたり、ペンの持つ世間への影響力を夢見たりして入社してきたはずだ。


 実際、新聞社に入れば「あの記事を書いたのが、あそこにいる○○さんだ」と言われるような憧れの記者がいたものである。18年前、筆者が朝日新聞に入社した時の上司である名古屋社会部長は、横浜支局デスクとしてリクルート事件報道を指揮した山本博氏だった。


 歓迎会を兼ねてしゃぶしゃぶをご馳走になった後、山本氏から言われた言葉は今でも覚えている。


 山本氏は歩道脇に新しくできたバス停の雨よけが高い位置に設置されているため、肝心の雨よけの機能を果たしていないことを見つけると、筆者に言った。


「街を歩いて、こうしたことに疑問を持つことから特ダネは生まれるんだ」


 ところが、今のように新聞が売れなくなると、いつ記事にできるかわからない特ダネを追いかけるよりも、官庁や企業の発表モノでも毎日ミスのない記事を書く記者のほうが重宝される傾向が強まっている。新聞がつまらなくなる原因の一つである。



「社内の事情」

 発表モノや「ヨイショ記事」ばかりを書く「会社員記者」の増加は、別の問題も生んでいる。それは、失敗した経験のない記者の増加である。朝日の別の30代記者はこう嘆く。


「失敗した経験が多い記者ほど、未熟な後輩の立場を理解して指導もできる。でも、世渡りだけうまく、失敗経験がないから後輩にろくな指導もできない先輩記者が増えました」


 新聞社の未来を考えるうえで、記者を育む風土が失われつつあるというのは、最大の弊害だろう。自身の経験を振り返っても、前向きな失敗に寛容であることが記者を育てる。筆者は記者2年目、愛知県豊川市議会議員の公費の使い方の取材で取材相手とトラブルになり、住居不法侵入容疑で告訴され、警察の取調室に丸一日滞在させられ、調書を巻かれた。


 それでも、当時の社会部長だった本沢義雄氏(故人)からは「君の取材手法は稚拙だが、やろうとしたことは間違いではないので、処罰は全く考えていません」と言われただけだ。その失敗経験がその後の大きな糧になった。


 しかし、今は記者としてちょっとした「はみ出し行為」が人事に影響する。これは朝日だけに限ったことではないだろう。地方在住の朝日とは別の大手紙記者がこう語る。


「子どもの寝顔を見ていたら、サラリーマンに徹しようかなとも思いますが、自分は何のためにジャーナリストになったのかとも感じます。サラリーマンっぽくない仕事がしたいと思って記者職を選びましたので。会社の経営が揺らぎ始めたことによって、こうした悩みが深くなりました」



 この記者は特ダネ記者として知られていたが、大クライアントである組織のトップ絡みの不正を暴こうとしたことを契機に社内で煙たがられ、左遷されたという。


 このケースは、記者一人の将来に留まらない重要な意味を持つ。自分が憧れていた特ダネ記者が、誰もが驚くようなネタを掴んだとする。


 しかし、それは紙面を飾ることなく、「社内の事情」によって封印され、記者は第一線を外される。その姿を見た若い記者たちが、「自分の仕事は新聞記者である」と誇る気持ちになれるだろうか。


 記者自身が自分の仕事に魅力を感じられず、仕事の意義を問う壁にぶつかっている。記者という仕事に「希望」がないようにも映る。これは将来が見えない日本全体を覆う閉塞感にも通じるものがある。


 新聞から読者が離れていることは、記者の振る舞いも徐々に変えつつある。次回は、電子新聞などネットメディアの台頭が新聞記者の仕事をどう変えたのかを中心に「新聞記者のいま」をお伝えする。



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転記終了