元カレとのお別れからもうすぐ丸4年。



「過去の恋愛に囚われている自分」との付き合い方が、

随分上手になってきた気がします。



手を繋ぐ時の指の動き。私の名前を呼ぶ時の、いつもより甘いトーンの声。私が笑うと、愛おしそうに、真っ直ぐに見つめる大きな瞳。

時々、心臓を突き刺してくる、彼の生々しい残像。


別れてから2年くらいは、一々それらに苦しんでは、過去の愛されていた自分と、今現実に生きる自分との擦り合わせに苦労してきました。



でも今は



あんなに一緒にいて、幸せな時間も、そうじゃない時間も、沢山共有して、沢山傷ついて、それでも心から愛した人なんだから…



まぁ、こんなもんだよね



って、普通に付き合えるようになりました。

簡単に忘れるはずなんて、ない。

私の愛は、簡単に消えてなくなるような愛じゃなかったんだ。私は、私が思うよりずっと、真剣に人を愛することができたんだ。

それだけで、私の人生は、何だかとてもいいものだったような気分になる。



残り、何年生きられるのかな?と、50代に突入してからは考えることも増えました。

残り、20年生きられるとしても、

「今の私」

で、いられるのは、思うよりもっと短いかもしれません。

でも、私の中に一つだけ、誰かを強く、心から愛したという記憶は、それを持たない私よりも、きっとずっと魅力的なおばあちゃんにしてくれるでしょう。



「人は、常に過去を見ている」

先日、たまたま目にしたYouTubeで、配信者の方がおっしゃっていました。

人は、過去の記憶を辿る事で生きている。例えば、いつも通り会社へ出勤することも、昨日までの記憶があるから。家までの道のりをなんなく歩く事が出来るのも、昨日までの記憶があるから。そんな風に、人は必ず、過去を見る事で未来を生きていける…だ、そうです。

この言葉には唸りました。



そう、どうしたって人は、過去を見ながら生きていくんだ。



今起きている訳でもない、過去を思い出して、そしてまた傷付くことも、

それさえも

未来を生きているんだと

胸を張れる私でいたいです。







今日のうたは


Vaundy

『置き手紙』

でした。


Vaundyといえば、「怪獣の花唄」がとても有名ですが、私はこっちのが好きです。

見た感じ天才感凄いですが、私には天才感強めの歌詞がちょっと深くまで入ってはこなくて。ですが不思議に、彼の作り出すメロディが、その歌詞をぐっと心に無理くり押し込んでくるというか笑 その言葉に絶対にぴったりな音をあててくれてるのかな。何度も聴いてしまうし、口づさんでしまいます。

つまりはとても、素敵な一曲です。