わかった!

って思う瞬間って突然やってくるものですね。

 

 

 

 

合気道の精神で生きる、を投稿した後、ついった(X)でこんな投稿を見つけました。

映画の「マトリックス」って観ました?

 

 

マトリックスで最も引用される「スプーンなんてない」というシーンは、最も誤解されているシーンです。 少年はネオに、スプーンは存在しないと伝えます。(略) 

存在しないのは、スプーンとネオの間の境界です。 その分離こそが幻想です。 心でスプーンを曲げようと試みるとき、あなたは「自分」と「スプーン」が別物だという前提で行動しています。主体が客体に作用する。心が物質を制御する。その二元性が不可能を生み出します。 

(略)本当の教訓: 自分以外のものを変えようとするのをやめなさい。「外側」が認知的な構築物だと認識しなさい。 スプーンが曲がるのは、あなたが自分自身がスプーンだと気づいたときです。   Darshak Rana       

 

 

 また、舞踏家の最上さんもこういっしゃる。

最上さんの踊りは外部からの音楽に反応しての踊りではなく、純粋に身体の内部からの要請だけで成り立っている「内発の踊り」です。

 

本当につながっている状態のときは

個人と個人の区別がなくなる領域っていうのがあるんですよ。

深く入っていくとね。無意識に入っていくと。

その時に初めて人間は孤独から解放される。

 

 

 

 

 

線引きをしろと世間は言います。

線引きするのこそが「おとな」だと。

線引きするのが「クール」な在り方だと。

線引きするのがビジネス的には正解だと。

 

 

あちらとこちら

私とあなた

サービスる側とされる側

 

この分離の意識って、みんな無意識に正しいと思っているけど所詮コスパやらタイパやらようわからんカタカナ語で構成された西洋的ビジネス戦略ってだけなんじゃないでしょうか。これ、日本人を不幸にするストレスフル社会のおおもとですよ。

人々を分離させておいていいように操ろうという悪い輩がいるのでしょう。

 

私の現世での役割としてはやはり、「分離は幻想だということを体現布教すること」なのでしょうね。なぜって、私ほど分離をびりびり感じちゃう人はそうそういないからです。身体が反応しちゃいますから。いやはやまったく金にならない資質です。

 

とはいえ、長い間考えてきた「何か」がおぼろげながら見えてような気がします。

無意識に張りまくっていた伏線を回収してる感じ。

大団円となるかどうかは神のみぞ知る、ですが。

 

まあ、悪くないです。この人生。