前回に引き続き、何切るのテーマ。










↑前回この形から『何切る→何故切る』をやったが、相手の捨て牌に関連牌が無い、という前提での問題だった。


今回は、頭の体操の一環として、関連牌が場に多々あった場合を考えたい。



マジョリティでは五萬か六筒辺りを切る、タンピン形や三色を手役でつけたいから、という理由付けで切るが、


もし、四,七索が場に大量に切られたり、鳴かれていたりしたらどうだろうか?

もし、二,五,八筒が大量に切られたり、鳴かれていたりしたら…?
もし、五,八萬が…以下略。

ちょっと着手が変わるのではないだろうか。

何故切る?→何故切らないか。という変化である。(妄想とも言う)

平面的から形を見ればそこまで差は無くとも、多方面的に見ればまた変わる。

牌効率、自手牌のバランス。
他家の手牌、捨て牌読み。
一打一打に常に自分の意思を持つ事が1局を創り上げる。

(大袈裟か…)



最後に1つ↓





7索を持ってきて、自分は9萬を切った所。
これは牌効率で言えば、2筒切りで萬子の嵌張+両嵌張を見つつ、東のポンも見据える一手だろう。では何故9萬を切ったか。
筒子の連続形に注目した事と、現時点で東をポンした後の形が良いとは言えなかった事。もう少し萬子の上目(7.8.9の事)が捨てられていれば2筒を切っていただろう。
ここで6萬を引いてくれば即立直に踏み込むが、ドラの4萬を引いたら7萬を切る。(中盤以降なら立直)



実践譜だとこの後東をポンして7萬を切り、



6筒を引き、7筒の出アガリで5,800+親継続になった。


まあ、今回は思い通りの進行だったが、状況次第では違った形になっていたかもしれない。大概は思い通りに進まない事の方が多い。



要は,理屈と直感、いろんなパターンを想定する為に、『何切る』それを知る為のツールとして、意味があるモノだと思うのだ。