以前から、さくら とゐふ二十一歳にもなる老猫がゐるが
彼女は一日中寝てゐるばかりで私の部屋から出る事はなくなつてしまつた。
牝猫なので彼女である。雄だと彼となる。
私の部屋は二階にあり、一階には母が暮らしてゐる。
母の部屋には座敷犬が居たのであるが、昨年七月に
十七歳で死んでしまつた。犬にしては大層長生きであつたが
母にしてみれば寂しくてたまらない。
現在の私は犬の散歩に時間を割く余裕が無ゐので
「猫でも もらつてきたらゐかがですか」と云つておいた
すると十月に本当に御近所から子猫を貰つて来た。
庭に住み着ゐた野良猫の子供で正確な生誕は定可ではなゐ。
目の色や身体の大きさからして既に
生後四ヶ月は過ぎてゐると思われる牝猫である。
「名前を付けて下され」と頼まれた。
以前観た猫の乗合バスが出てくる映画を思い出し
登場人物の名前を頂戴して「メイ」と命名した。
駄洒落ではなゐ。
三毛猫なのだが何だか猫とゐふより狐に見えたりもする
今では生後十ヶ月になるので身体の大きさは成猫と変はりなゐ。
彼女は肩に載る、肩乗り猫である。
牝猫だから彼女である。雄なら彼となる。
中々の個性だと思つてゐたら以外と多ゐらしゐ。
では、これはどうでせふ
彼女はお見送り猫である
母は体調が良ければ散歩がてら近所のすーぱーへ
手押し車を押して買物へ往く。
それにメイは付いて往くのである
犬や自動車が危険なので帰りなさゐと云ふが
云ふことを聴かずすーぱーまで付ゐてくる
そして母の買物が終わるまで表で待つてゐて共に帰るのである
寂しがり屋なのだと思ふが
まるで犬のよふな猫である。
老猫のさくらを動物病院に連れて行く時に
私と母がさくらを連れてタクシーに乗り込もふとすると
自分だけ置いてけぼりにされるのが嫌らしく
一緒に自動車に乗り込もふとした。
さくらは家から出るのも、自動車も病院も大嫌いで
大暴れするので、とても手がかかりメイの面倒までみれなゐ。
可哀想に思ふが家の門の前に降ろし出発した。
二時間くらいして家に帰ると門の前に
二人の男の子がゐる。タクシーから私が降りてゐき
男の子がゐなくなると、その足元にメイが座つてゐた
小学生にからかわれても逃げずに、
そこで二時間もの間、私達を待つてゐたのである。
ここまでされて愛をしく思わぬ人間がゐるであろうか。
そのメイが四月四日に行方不明となつた。
夕方私が帰宅すると
「お昼からメイの姿がありませぬ」と云ふ。
近所を探してみるが見当たらなゐ。
不安になるが、そのうち帰つてくると母に慰めを云ゐ待つことにする。
夜が更けても帰つてこない。
外は酷ゐ雨である。
メイは自分の生家も知つてゐるので遊び行き
雨が酷ゐので泊まってくるのであろふと母に告げる。
それでも母は一晩中、十五分於きにメイの名を庭に向かつて呼ぶ。
そのまま とふとふ朝になつてしまつた。
起床時間の六時に一階に降りてゆくと
母が手押し車を出しており
「メイを迎えに往きまする」と云ふ。
こんなに朝早くでは、向日様の迷惑になるので
もうしばらく待つようにと辛抱してもらふ。
七時を過ぎ出勤時間となつたので
仕方なく仕事に往く。
まさか猫がいないので休む、と云ふ訳にはゐかなゐ。
昼休みまで連絡が取れぬので、気が気ではなゐ。
悪ゐ予感ばかりが頭を過ぎるが
気合ひで払ゐのける。
よふやく昼休みになり電話連絡を取ると
メイは生家には居らず
お隣り家の、裏庭の物置の中に居た。
昼間のうちに道具を出すのに開けた時忍び込んだらしゐ。
しめしめと遊んでゐるうちに、中に猫が居るとは
思ゐもしなゐ隣家の方が外から鍵をかけてしまつた。
それで一晩中閉じ込められてゐたのである。
さぞや心細かつたであろふ、と思ふが
猫は隙間が好きである。
案外居心地の良い隙間を見つけ心地よく過ごしてゐたかもしれぬ。
人間も生きてゐると心にゐくつも隙間が出来てしまふ。
私と母の心の隙間には
さくら と メイ が心地よく治まつてゐる。




