ヒトの歯並びはなぜますます悪くなっているのか、複雑な背景とは食生活だけのせいではない、進化や遺伝、現代の暮らしはどう関わっているのか
2025.08.01
何百万もの人々が美しい笑顔を求めて歯列矯正や顎の手術に耐えている。しかし、歯並びの悪さは昔からこれほど一般的だったのだろうか? 研究によれば、そうではなかった可能性がある。
歯列の乱れやずれといった不正咬合(こうごう)は、私たちの祖先である狩猟採集民にもあったが、現代はより多くなっているように見える。では、何が変わったのか?
専門家は、可能性の一つに食生活を挙げている。生の硬い食物から、軟らかく加工された食物へ変わったことで、そしゃくの負担が減った結果、顎(あご)が徐々に小さくなったと考えられている。だが、答えはそれだけではなさそうだ。
研究者たちは現在、進化と食事、現代のライフスタイルが、私たちの顔(と笑顔)をどのように変えたかを探っている。
農耕はどのように人間の顔を変えたのか
古代人の頭蓋骨は、私たちのものとは著しく異なっていた。初期の狩猟採集民は、硬い肉、繊維質の野菜、種子、木の実をかむのに適した大きく強力な顎を持っていた。
しかし、約1万2000年前、状況が変化し始めた。世界中で人々が狩猟から農耕へ移行するにつれて、食生活も変わり、穀物などの農作物が食事に取り入れられるようになった。
これらの食品はより軟らかく、加工度が高く、そしゃくの必要性がはるかに低かった。「当時、アイスクリームや食パンはありませんでしたが」と、米ワシントン大学の矯正歯科名誉教授スー・ヘリング氏は話す。「自然のままの食物は、調理や加工された食品よりもおそらく少し(かみ応えが)あります」(参考記事:「ネアンデルタール人の暮らし、なんと週単位で判明、歯の分析で」)
軟らかいものを食べるようになったことで、顎にかかる機械的な負担が軽くなった。世代を重ねるにつれて、私たちの下顎は小さくなり始めた。この傾向は化石記録からも確認できる。
この縮小は、少なくとも一部は適応的で、数千年に及ぶ進化の結果だと米ペンシルベニア大学歯学部の基礎応用科学助教マイラ・レアド氏は述べている。「大きな下顎が必要ないのに余分に大きな骨を形成するのは、余計なエネルギーを使うことになります」
しかし、最近のいくつかの研究では、その仮説に疑問が投げ掛けられている。米スタンフォード大学のチームは2020年の研究で、顎の縮小は長期的な遺伝進化より、各世代内の変化によって引き起こされる可能性が高いと主張している。
「人間の顎の変化、特にここ数世紀の変化は、進化によるものとしてはあまりに速すぎる」と研究チームは書いており、姿勢のようなほかのライフスタイル要因が顎の発達に影響を与えている可能性が高いと指摘している。(参考記事:「よい姿勢は慢性痛やうつも改善、全身と心の健康に大きな差がつく」)
骨は、一生の中でも物理的なストレスに敏感に反応し、筋肉が付くあたりから強化される。つまり、筋肉をあまり使わなければ骨が弱くなるとレアド氏は述べ、ハイラックスをはじめとする動物の頭蓋と顔面の発達に関する研究を引用した。「液体食に切り替えると、筋肉をあまり使わなくなり、顔の形に変化が見られます」(参考記事:「「超加工食品」の多い食事、うつや認知症の割合が高かった、研究」)
それはまさに、人間が農耕を始めて起きたことだと研究者たちは考えている。「農耕を採用した集団では、そしゃく筋が著しく縮小しました」とレアド氏は話す。「農耕が始まったことで、摂食システムにかかる負担が軽減され、最終的に、口の中がはるかに狭くなったことを示唆しています」
それほど単純な話ではない
小さくなった顎に同じ数の歯を収めようとしたら、スペースが足りず、歯が重なり合うことになる。
「歯が生えてくる様子は、ファスナーに例えることができます」と米ネバダ大学ラスベガス校の生物人類学助教ジュリー・ローレンス氏は説明する。「顎が前方に移動し、歯が生えてくるための空間をつくります」
歯が生えるための十分な空間がない場合、歯が埋まったままになったり、重なり合ったりする可能性がある。特に下顎が小さい場合、親知らずが生えてこないリスクが高い。下顎と歯の大きさの不一致が、産業革命以降、歯並びの悪い人が増えている一因だと示唆する研究もある。
「空間の喪失が実際に不正咬合を引き起こしています」とレアド氏は言う。「不正咬合の発生率は(現代人の方が)はるかに高く、あらゆる層で広く見られます」(参考記事:「なぜ水道水にフッ素を加えるのか、続く物議、専門家の見解は」)
しかし、専門家たちは、それほど単純な話ではないと注意を促す。現代人では不正咬合が増えているように見えるが、初期人類の頭蓋骨にも歯の埋伏や密生が確認されている。
ローレンス氏によれば、化石記録は限られており、おそらくすべての人を代表しているわけではないという。「良い歯は保存状態が良い傾向にあります」とローレンス氏は述べ、人類学的データは歯の欠損など、ほかの因子を考慮していないと付け加えている。
産業革命以降の人類に不正咬合が増えている「傾向が見られることは確か」だが、歯並びの変化のすべてが食事に起因するわけではないとローレンス氏は指摘する。例えば、上または下の前歯が極端に前に出ている状態は、集団の遺伝的要因によるもので、「産業化とは無関係です」
歯並びの悪さは、環境条件や発育異常など、ほかにも多くの要因によって引き起こされる。また、遺伝的に不正咬合になりやすい集団もいる。
不正咬合の人が増えている(ように見える)のは、審美的な偏見も、小さいながら一因となっている可能性がある。「現代社会は、美容上の問題に対してより敏感になっています」とヘリング氏は言う。「私たちは、昔の人たちに比べて、不正咬合に対する意識が高まっているのだと思います」