果実期の長いアセロラ。ビタミンCの王様、有り難くいただいています。
高いところの実は、タイワンシロガシラ(鳥)が食べています。道にタネを捨てる😆。それは、自然の行為ね。
近場の、"なんでも屋"さんで、リードを買い求めました。
切ない可愛さ。
9月頃。お日様と風が気持ちいい日に。
脱走してから、急遽、庭さんぽを開始。
このころは、ワンちゃん用のリードで急場をしのいでました。
こんなふうにしていても、急に動きます。
猫と一緒に散歩するには、機敏さと体力が必要。
一緒に庭で過ごしているうちに、少し生態がわかってきました。
昼は、光る影も追いかけ、飛んでいる蛾や蝶に飛びかかります。
最近、ヤモちゃん(ヤモリ)は、ぎりぎり、シッポだけを残して、逃げます。
外敵から襲われたとき、反射的にシッポを切る自切(じせつ)行為です。
自切は、生涯に一度だけしかできないそう。
シッポの切れたヤモちゃんは、動きが鈍くなるので、マリンを押し退けて、手でつかみ、逃がしてあげています。
未然に防げることもありますが、なかなか難しい。
マリンには見えても、私には見えないことが多いのです🥲
さて、ユルリ島という島の名と、そこに住む野生馬のことを知ったのは、昨年だったでしょうか。
家族の所有する古い資料を整理していて、偶然、1枚の写真付きのペーパーを目にしました。
島の名前と、馬の表情、姿が印象的で、胸に残りました。
忙しさにかまけて、ゆっくり目を通さずにいましたが、
いま、改めて読んでみると、ユルリ島と馬の未来について、問題提起されていました。2018年頃のものだと思います。
写真家・岡田敦さんの写真と文になるもので、掲載したかったのですが、著作権の関係で見送りました。
ユルリ島は、北海道・根室半島沖にある島。
かつては人が住んでいましたが、
今は、無人島で、野生化した馬が暮らす島です。
自然環境保護地域、鳥獣保護区指定のため、許可なく渡航上陸もできないようです。
地図の左下側の緑色のマーカーがユルリ島です。
(日本地図帳、昭文社より)
上記資料やネット(Wikipedia)を参考に、近年のユルリ島の馬のことを辿ってみます。
1950年、漁民たちが、昆布の干場を求めて住みつき、翌年、労力として、島に馬が連れて来られました。
1960年代になると、本土で昆布の干場ができたり、馬の動力を必要としない船の普及で、島から島民(漁師さんたち?)が去りはじめました。
1971年、最後の島民(漁師さん?)が島を去ります。
その時、「連れて帰ってきたところで馬を放つ場所がない。肉として売ってしまうのも忍びない。せめて余生を島で暮らせたら」(上記資料・岡田敦さんの文章より)とのことで、馬は残されました。
島には、馬の食草が豊富にあり、水などの自然環境も、かなっていたようです。
さらに、岡田さんの文章によれば、馬の生態を考慮した手立てもとられ、あとは、馬の自然な営みに任されました。
島民(漁師さん?)の、情ですね。
多い時には、30頭ほどの馬がいたそうです。
2006年、島民(漁師さんたち?)の高齢化が進み、それまで行っていた手立てが出来なくなり、2017年には、わずか3頭にまで減りました。
もう、5年?が経過しています。
島の馬たちは?
ネットで調べて...、安堵しました。
生命を繋いでいけるように配慮された馬が、新たに移入されていました。
写真家・岡田敦さんや、根室やユルリ島と馬の歴史や文化を深く思考する方々が、活動なさっておられるようです。
最初は、人間が労力として連れて来たとはいえ、長年の暮らしのなかで、馬と島の自然との生態系がかたちづくられているようです。
人間の管理が、最小限、一時的に入ることによって、馬が自然な生き方ができるのは、幸福だと思えました。
活動して下さっている方々に、感謝の思いを込めて、ユルリ島と馬の未来に幸あれ、と祈ります。
活動趣旨や、ユルリ島の四季に生きる馬の映像、画像などは、ぜひ、ウェブサイトをご覧になっていただきたいと思います。とても幻想的です。
検索ワードは、ユルリ島。
サイトの映像、画像、文章は全て著作権で保護されていますので、私の紹介はここまでとします。
土地の歴史、自然の動植物と人々の歴史を、考えています。
動物の人間管理のことも。
(朝6時頃、気温20度、鐘楼クサギの前にて)
(けさのアセロラの花)
ご無沙汰致しました。
ようやくブログが書けました。
ご訪問に感謝しています。
いつもながら、ゆっくりのお訪ねになることをご了承下さいませ。
皆さま、日々、お元気でありますように!
私は、身体と相談しながら、活動しています。














