(写真はデュラス、18歳)





フランスの作家
マルグリット・デュラスの


「愛人」の冒頭は

次のような
文章ではじまる

(以下引用、改行と行アケしました)



                   
ある日、
もう若くはない
わたしなのに....
ひとりの男が寄ってきた。

自己紹介してから、
男はこう言った。

「以前から存じあげてます。
若いころは
おきれいだったと、
みなさん言いますが、

お若かったときより
いまのほうが、
ずっとお美しいと
思ってます、
.....

若いころのお顔より
いまの顔のほうが
私は好きです、

嵐のとおりすぎた
そのお顔のほうが」


嵐のとおりすぎた顔....


そこから
ひとつの映像に
導かれていく






デュラスの感性が
好きで
いくつかの小説を
読んできた


もちろん
果てしなく....  理解不足と
思うが


自伝的小説
「愛人」は


感覚が かなり
理解できた


少女時代の1年半に
わたる性愛体験を描いた
作品である



デュラスは書く


わたしの人生は
早いうちから
手の施しようがなかった....

18歳で年老いた、と






1枚の写真から

母親の像が
語られる



母親が疲労困憊のあと
すべてが
もの憂くなる前兆が

子供ごころにわかる


「母親が服を着せなくなる」

あるいは

「食事のことを考えなくなる」

そういう時の様子が
この写真から
イメージされる


母親の不調は
ずっと続くときもあるし

夜になると
収まるときもある

子供たち
少女と二人の兄は
母親のその状態を
察知して生きてきた


少女は
家族への複雑な感情を
育てている



舞台は
仏領インドシナ

現在のベトナム

そのころ
少女は15歳半


ぐうぜんに被ってみた
紳士用ハットが

自分を変えてくれる
ことに気づく

金ラメのハイヒールが
気にいっている


学校に行くために
メコン川の
渡し船の上にいる少女



パウダーを塗り
桜桃色のルージュを
塗っている


植民地では
白人の女として
視線を浴び続ける

見られることを
意識して


少女はおとなに
なっていく


自分をつくることに
目覚めていく
 

占領されている国での
異文化の混ざり合う
混沌


金持ちの華僑は

アヘンを吸って
ベッドに横たわりながら
経済を動かす


退廃のアヘン窟



(情景描写にはリライトの部分があります)



デュラスは書く

少女が身につける服は


母親のお古を
作り直したもの


手の器用な
ベトナム人のメイドが

ギャザーをほどこし
フリルを縫い付けたものだ


少女は その服を


袋を被るように 身につける


そう
袋を被るように...


ベルトで


バランスを崩して
身につけたと
書いている


頭には、例の
紳士用のハット


それが意識的な
少女のスタイル


これだけでも
じゅうぶん
魅力的な個性


そして 少女は出会う
あの男に


リムジンに乗っている男



年の離れた
でも、まだ若い
中国人の金持ちの男だ

フランスに
留学したこともある男


一度、自宅にリムジンで
送ってもらったあと


その日は訪れる



たしか 映像では
男は
白いスーツをつけている


おどおどしている



誘われた部屋で

男は
愛している、という

(すでに
渡し船の時からだ..)


そして黙る


少女は 男に言う


あなたが
わたしを愛していない
ほうがいいと思う、と


そして少女はいう


普段、あなたが
しているように

わたしにも  してと


ほんとうに、いいの


少女は
重ねてこたえる


そうしてほしいと



早熟な 少女の
性愛体験


濃密な
飢えのような
性愛


喧騒の大通りと
壁1枚隔てて



そこは
閉ざされた
連れ込み宿


秘密の世界だ


娘の変化に気づく母親


ときに 狂気を
爆発させて


娘に起こっているで
あろうことを
嗅ぎとる


中国人のつける香水の
匂いがする、と

下着の匂いを嗅ぐ

娘は娼婦になったと
わめき
なぐる


お金のためなんだね

母親の問いに

ええ、そうよ、と
少女は
こたえる


少女は
中国人に対する
母親の感情を 知っている




学校帰りに
リムジンの迎えがきて



相変わらず

少女は
男との時間をもつ


タライの水で
からだを
洗ってもらう



少女は
薄っぺらいからだを
忘れる


そうした濃密な
逢瀬のあとに 


長い別れが
準備されている


少女は
大学に行くために

本国に
帰らなければならない


そんな道筋が
決まっているのだ



男は無力だ

本国に
帰ることを止めることは
できない


ただ
残された時間を
彼女と過ごすことの

許しを父親に乞う



父親の前では完全に
無力な男



白人の女との血筋でなく
中国人の血筋を
繋いでいくのが


に課せられた
道筋なのである


そんな息子なら
いないほうがましだと
父親はいう



男は
深い絶望によって


もう
少女を抱くことができない


そして 別れが
ふたりを待っている



別れの場面の描写は
切ない


男は
いつものように

黒いリムジンの
後部座席にいる


身をうずめ

船の上の 彼女を 

こころの中でしか
見送るができない


少女は
船のなかで はじめて
気づく



「自分が  彼を
愛していなかったと
いうことに確信が
持てなくなった」ことを


「愛していたのだが
彼女には見えなかった愛...

ようやく彼女は
その愛を見出したのだった」


彼女は想像する



男は
父親によって
決められていた中国人の
女と婚約するだろう


その女とて まだ若い
金持ちの家系である


彼女は
夫が泣くのを見ただろうか
そして
夫をなぐさめただろうか


白人の女の
面影を抱きしめている
男の妻となる

中国人の娘に


思いをはせる....





物語の末尾に
デュラスは書く



戦後、何年かがたったころ


デュラスはすでに
何度かの結婚と離婚を
経験し
子供たちもいる


本も何冊か出したころに

男が妻を連れて
突然、パリに来る



男は 女に電話する
あなたのその後のことは
知っている

ただ声が聞きたいだけだ

突然、震える声で
男がいう

「自分はまだあなたを愛している、あなたを愛することをやめるなんて、けっして自分にはできないだろう、死ぬまであなたを愛するだろう」と


あまりにも 
大きな
幻影





デュラスは のちに

この中国人の男の死を
知って
「北の愛人」という
小説を 書いた






今日のシメは


もう
15年以上前になるだろうか
訪ねたベトナムの
思い出の品を....


いまでも大切に
思えるもの

茶器
すてきなグリーンに
かわいい形 



布のバック





今日もお訪ね
ありがとうございます

あとしばらくは
風に吹かれて

デュラスの本と
過ごしたい



いくつもの
影(像) を絡ませながら


その
輪郭をたどっていくと


私たちの
なかにある一本の道は


なんて深いものだろう


なんて深く
自分自身なのだろう、と


デュラスが 

あらためて
気づかせてくれる