『自分探し』をしているのだろうか。
この世に生まれてきて『わたしって何』とか思わない人はいるのかな。
まぁいいや。ふりかえってみよう。
団塊世代ジュニアとして4080gの巨大児として1979年の暑い日に生まれる。
幼少時はアトピーがひどかったらしく とにかく痒くて
朝起きると布団に血が付いているのは しょっちゅうだったことは覚えている。
両親、弟が一人。
仏教系の幼稚園から公立小に進み
見えないものに興味津々で 冝保愛子さんの心霊本とか
マドモアゼル愛さんの記事が多く載っていた『マイバースデイ』という雑誌の愛読者だった。
とある時期から 『薬剤師さんになりなさいよ』という祖母やら母の呪文のなかで育つようになり
小学校4年生から中学受験のための進学塾に通う。
そこで結構勉強できちゃって 自分史上最高ピークは小学校6年生の夏あたり。
全国12位(うろ覚え)だったかな とにかく上位20位以内に模試で入るという
自分としては偉業を成し遂げる。
3次元的な視点で見れば わたしの人生のピークは小学生だったのかもね。
ただし そのあと成績はキープできず まぁ 勉強して賢いよねというレベルの子たちが多く集まる
横浜のプロテスタント系の女子中に進学。
中高6年間女子校。いわゆる思春期を過ごすわけですよ。
大学は薬剤師になるために大阪の大学に進む。
高校が現役合格以外は罪人的な雰囲気だったので 唯一合格の大阪の薬学に進む。
まさかの一人暮らし4年間。
関東人にとっての関西暮らしは...
旅行ぐらいがちょうどいいねという感想。
なにせ 国家試験の翌日に引越ししたからね。ハードだったよ。
4年生の薬学部ってカリキュラムがカツカツで
毎日毎日 朝から行かなきゃで 単位落とすと留年しちゃうから
サークルが♪とか 先輩かっこい~♪的なキャンパスライフとは程遠く
ここでもまた勉強。
で、疲れちゃって 卒業後はちょっと休憩したいな~なんて考えていたら
あんた就職どうすんの?って親から。
急遽 就職活動して 1個中1個受かった製薬企業に就職してMRしたわけですよ。
医者ってこういうう感じなんだ、とか 大企業の人たちってこういう感じなんだ、とか
自分目線での観察できてそれは楽しかった。
まだ経費もそれなりにあったし 美味しいものは結構食べさせてもらいました。
製薬会社って合併がすごく多くてもれなく合併。
社風も変わったし6年生の子たちも出てくるしってことで薬局に転職。
薬局に来たら 日頃かかわるのって患者さんになるから
それまで医者が多かったから
いわゆるアッパー層との違いで最初はショックだったかな。
で、毎日毎日 こんなに薬飲む人っているんだねって中で身を置いて
西洋薬に疑問を感じる今にいたるわけです。
つづく...(?)