25年も生きていると忘れられない出会いってのも、ある訳ですね。
その忘れられなさ加減、ってのは一緒にいた時間と比例するわけでは
ないのが不思議なところで、たった一瞬の出会いでも忘れられない
出会いは忘れられない。逆を言うと、いくら長く一緒にいた人でも
忘れるのもは忘れる。忘れてしまう程の間柄なのに、長く一緒にい
たという事もちょっとした不思議で、それはそれ自体で立派な縁
なんじゃないかと思う。
私にも、ちょっとの出会いだったけど未だに忘れられない人がい
る。それはイラン人のアル君(多分そんな名前だったと思う)
だ。彼のお父さんはイランの新聞記者で、彼はお父さんの仕事の都合
で来日し日本にあるイラン人高校に通っていた。
せっかく日本に来たのだから日本人の学生と交流してみたい、
と思ったアル君(多分そんな名前だったと思う×二回目)
は一週間くらい私の高校に仮入学して来た。
私が彼に会った時の第一印象は「向上心があって偉いな!」
ってところだった。自ら進んで一人、異国の知らない
学生の輪の中に飛び込んで行くんだから、好奇心が旺盛で、勉強熱心
な人なんだと素直に感激した。
是非とも仲良くなりたいと私は思ったので、彼がいた一週間は
ちょくちょく話しかけたりして交流を深めた。
イランの現状を深刻に憂い、将来は国のために行動を起こしたいと
熱く語る彼から、幕末の日本を憂う坂本竜馬の貫禄を感じた!
それまでイラン人といえば、偽造テレカとか薬の密売くらいしか
イメージがなかったけど、立派な人はやっぱりどこにでもいるもんだ
な、、逆に祖国があんな状態の方が志のある若者が出やすいのでは
ないのかな、と思ったりもした。
(その後、私は中国で過ごす事になるんだけど、
その時に、『祖国が残念な状況に陥っている所の
国民ほど志が高い若者が出やすい(アフリカ以外)』という法則が
自分の中で確定した←あくまでも自分の経験上なのであしからず。
これからも出会いによって見方も変わるでしょう)
彼が一週間の体験期間を終え、イラン人学校に戻ったころに
私は人生2回目のぎっくり腰になって学校を長期欠席することとな
った。このぎっくり腰に関しては辛かった。
歩きたくても歩けないから、学校にも行けず、出席日数が足りなくて
留年するんじゃないかという焦り、何とか痛みを押して
登校できるようになっても、座っているのがしんどくて、
2時間目で帰ったりした時の、ただ怠けてる、もしくは
甘ったれてるだけなんじゃないか、とうクラスメイトからの
悪気のない(と思いたい)突っ込み。
みんな若くて健康だから腰痛持ちの
痛みが分らないのは当然だけど、普通に動けるようになりたい
と思っているのは他でもない自分自身だったから
他人にとやかく言われるのがなおさら辛かったね。あの時は。
アル君はイラン人学校に帰ってからも頻繁にヤフーメールに
メッセージをくれた。
腰痛で椅子に座る事が出来なくて、いつも返事遅れてごめん、
と謝ると同時に、結構本気で苦しんでるのにその事を理解してくれて
るのはホントに近い友達と家族だけで、先生をはじめその他のクラス
メイトは理解がなく、つい無理をしてしまって、
肉体的にも精神的にもキツい。的な事を言ったら、
本気で心配してくれてメールで励ましてくれた。
私的に嬉しかったのは慰めてもらったのではなく、
励ましてもらった、って所。
前向きな彼らしいと思った。
それで、
「病気ってできればしたくないけど、そのおかげで健康の有難さがわかるようにもなるよね

」
と言われた時に
私より2才上なだけなのになんて精神的に大人なんだーーー!!!
人の痛みが分かる人って素敵
と感激した!だって周りの人は私の痛みを茶化すくらいで
こんな名言いえるような人いないし、そういえばアル君の言うとおり
確かに腰痛になってから健康の有難さを痛感した様な、、、、
としみじみしてしまった。
逆にぎっくり腰になって良かった


とも思えた!
その後だけど、どんなに安静にしても腰痛は治らないので
100%安静にする事を決意。学校も休んでトイレ以外に
立ち上がらないと決意した。そうしているうちにだんだん
良くはなってきたけど、ヤフーメールのアカウントを忘れて
しまった・・・・当時はパソコンにそんなになれてなかったし、
本当に忘れてしまって、痛みとを忘れると共に、アル君のことも
すっかり忘れてしまった。
でも大学に入ってから再びアル君のことを思い出すことが
多くなった。なぜかと言うと、自分も当時のアル君(19歳)
と同じ年になった訳だけど、精神的にも全然アル君には
及んでないなぁ~と思うようになった事と、
彼はイランで一番難しいテヘラン大学に合格するのが目標で
毎日12時間勉強してるって言ってたけど、ちゃんと合格できたかな~
と思ったからだ。
大学生になった私は多少の知恵がついて来て、アル君が腰痛の私に
あんな名言を言えたのはアル自身も長期的に病気を
わずらったことがあるからじゃないか、と思うようになった。
そして大学の3年生くらいの頃には、多少異国の文化を学び、
「もしかしてコーランの教えにそう言う言葉があったのでは」
と思うようになった。
未経験の者に対して一定の啓示を与えるのが経典だとしたら
宗教やってた方が賢く生きれるんじゃないか、と無宗教の
私でもちょっと宗教っていいな、と思ってしまった。
(あの名言がコーランの言葉だと決まった訳ではないけど)
そして日本人が脆いのも宗教が無いからなのかも、と思った。
でも何より不思議なのは私はあの時アル君をめっちゃ尊敬してて
大好きだったけど唯一の連絡手段のヤフーのアカウントまで忘れて、
アル君の存在すら一時期忘れていた事。
大学生になって振り返った時になんて自分は馬鹿なことをしたんだ
と後悔した。
でも今ではそれでよかったと思う。だってあのまま連絡
取り続けてたら確実に「yes! fall in love!」でテヘラン在住
だもん。韓国人の儒教主義にさえ辟易したのに、イスラム色に
私が染まれるわけがない!
bitchは名誉殺人で殺られるのがオチだ。
結局はそれでいいのだ!て感じで、なるようにしかならないのふが
『縁』のオツな所よ!(←ちょっと落語風に)
アル君とはそれっきりだけど、いまだに2か月に一回くらいは
アル君を思い出す。別に今さら会いたいとかはないけど、
元気でやっててくれたらいいな~と思う。
それと現在アメリカが、イランににらみを利かせている状態なの
で、イランだけは勘弁してほしいョと願う今日この頃でつ。