愛と認識との出発(倉田百三)6かくのごとき認識的な愛は 自己を支えんための最も 重々しき努力でなければならない。 個人意識がかりそめの存在を 去って確実なる、原始なる 自然なる、永遠なる 真生命につかんとする 最も厳かなる宗教的要求である。 この意味において愛は それ自ら宗教的である。 かくてこそ愛は 生命の内部的なる 熱と力と光との 源泉たることを得るのである。