文学書を読む | 愛がいっぱいの部屋

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今という瞬間を笑顔で楽しく生きるのだと。

強い意志を持って

今日は、僕の好きな詩(ゲーテ)を読み直していました。
詩はどんな人のでも好きですが、ゲーテを主に読みますね!
リルケも大好きですが・・・。
ゲーテとはどういう人だったかを少し書いて彼の詩を一つ紹介しますね!
妻に先立たれたゲーテが愛した
最後の相手は少女・ウルリーケ・フォン・レヴェッツォーであった。
1823年の夏、74歳になるゲーテは、19歳のウルリーケに三度出会い
当初父親のような思いを彼女に抱だいていたのが、そのうち激しい恋の炎と変化し
結婚を申し込むことになる。しかし、息子をはじめとするまわりの人の反対と
彼女自身のはっきりしない返事が、ゲーテを悩ませ、この恋を諦めることになる。
ゲーテは、この最後の恋を通しての、自らの魂の確固たる存在を
「マリーエンバートの哀歌」のなかでうたえあげる。
この詩を読むとゲーテがウルリーケを一人の女性としてどれほど愛し
どれほど精神的な影響をうけたかがわかる。
生涯女性を愛し続けたゲーテは、やがて「ファウスト」のなかで
悪魔・メフィストフェレスとたたかうわけだが、最終的にはファウストが勝利することになる
その勝利の要因は、ゲーテの、永遠の母なるものとしての女性への真実の愛であった。
マリーエンバートの哀歌(ゲーテの詩より)
愛する能力、愛せられる望みは
拭いさられ、消えうせぬ
喜ばしき 計画 、決意、すばやき行為の希望が
すぐに見つけられぬ。
愛が恋するものの心を感動させるということが
わが身にもまたすばらしく起こりぬ。
あの人のおかげで――好もしからぬ苦しみの
心にひそむ不安がいかにわが身と肉体にのしかかりしぞ。
苦に悩む虚な心のすさまじき内部にて
わが瞳、恐ろしき像に囲まれぬ。
今は希望のかそけき光、入口よりさしきたり
やわらかき陽の光のなかにかの人の姿あらわれぬ。
世にもあいらしき 女のいる前にては
愛の明るき平和を
この世にて理性よりも多き幸をもたらす
神の平和にたとえよう。
かくて、わが心はなごみ、われはかの人のものという
深き心をまがぐるものとてなし。
わが胸のけがれなきあたりに
永遠に名づけがたきものの謎を解きつつ
より高きもの、より純粋なもの、未知なるものに
感謝の心もて身を捧げたいという衝動が湧ききたる。
そは敬虔の心というべし
かの人の前にたてば
かかる高き幸せの手にいれられるを感じぬ。
冬のほこら深く凍てつきて
かたくなりしわがままの心は
かの 女の瞳にて陽にあたりしごとく
かの 女の呼吸にて春の息吹にあたりし如くにとけさりぬ。
わがままの心も、かたくなの心も永くはつづかず
かの 女の来たりならば、流されていきぬ。