昨年のトリノオリンピックでのフィギュアスケートで金メダルを取った
荒川静香選手の演技は結果としての金メダルとは無縁に
他の誰とも違う美しさをもっていたことだけははっきりいえますね!
それは、「無心である心」の美しさです。
自分らしさを信じる姿。機械的な評価よりも自分の直感や憧れを大切にする心。
シンプルで清々しいその「信じる心」こそ、世界中の人が美しいと感じたと思います。
自分を信じる姿は美しい・・・それは傲慢というようなこととは違う。
自分の力ではなく、自分を超えた力が自分のうちに働くことを信じる姿ということであり
その人にその人らしさを与える。
真の美しさは目には見える姿形や衣装にはない。
誰もが「信じること」で本当の美しさを生きることができるはずだ。
「怖れ」は果てしなく心を縛り、その人のその人らしさを奪っていく。
勇気を決断を鈍らせ、力と輝きを失わせる。
イエスはよく言う、「恐れるな」と、もちろんかく言うイエスも一人の人間であり、実際に恐れることがあった。
マルコ福音書によれば、イエスは殺される前晩、「ひどく恐れてもだえ始め」
「この(苦しみ)杯を私から取りのけてください」と祈ったとある。
しかしイエスはその祈りの最後にこう付け加えた。
「しかし、私が願う事ではなく、御心に適うことが行われますように」と。
イエスは十字架へ向かう。
これが恐れを超える唯一の方法である。
自分の思いを超えた天の父の愛の御心を信じること。
考えてみれば、自分が不完全で限界を抱えているからこそ恐れるのである。
ならば、完全で無限な愛の力が自分に働く事を信じる以外に恐れを超える方法などありえない。
オリンピックの開会式でイタリア出身の世界的テノール歌手、パヴァロッティが
荒川選手が選んだのと同じ曲「誰も寝てはならぬ」を歌ったとき、荒川はその巡り合わせに
驚くと同時に、「これは単なる偶然ではなく、何かの特別な力が働いている。だからきっとうまくいく」と確信したそうです。
そんな特別な天のしるしは自分の人生には無縁だと思うなら、もうすでにあなたはあなたの人生というオリンピックで負けている。
恐れはすべて自分が生み出しているものなのだから、しかし、例えばこんなひとつの文章との巡り合いでさえ
単なる偶然でなく天からの励ましだと思えるならあなたは天に愛されている自分に誇りを持って
あなたらしく生きてほしい。
信じるとはそういうことなのだ。
信じる人は美しい。
