マザーテレサは積極的に聖人になろうとしました。
神への祈りを通じて自らの思いと行いを徹底的に律し、純潔で無垢になるべく
最大限の努力を傾けられたのだと思います。
そして光の体現者(神の変わりを光の体現者と言葉を変化させました)として世界中を渡り歩き
誰もがなし得ないほどの活躍をされた女性ですね。
もちろん聖人になって威張りたかったわけではなく
一片の汚れのない状態になればこそ人に神の話が出来るのだと信じていました。
人は彼女を見て、その存在エネルギーに触れただけで自らの
内側にある光を見い出したと言われています。
光を共振させるモデルとしての意図は成功しました。
一番のポイントは、聖人の価値判断ではなくて
聖人になるアプローチが誰かの役に立つはずだという
思いで行動されたということです。
これは尊いものですね。
聖人になることは、神ではないものすべてを脱ぎ捨てようとすることだとマザーは説きました。
彼女の過ごした時代背景やカトリックの教え、そこから生じる「善」を基準とする
信仰心がベースとなったために、自らの信念に一定の傾向が生じたとしても当然だったと言えます。
その中で最善を尽くされたことに疑う余地はありません。
たとえ修道女という形において、いくつかの「しなければならない」の呪縛にあったとしても
キリストの愛を実践されたのだと思います。
繰り返しですが、ポイントは形ではなく思いです。
思いという言葉もやはり人によっては捉え方が違うと僕は思うのですが
この思うという言葉も重いです。