◆ 「権進様の手紙」 3月5日付けの公文を受けて思う事 | 1.13 Project

1.13 Project

私たち「1.13 Project」では、2013.1.13「起源節」について一つの結論を導きだしています。そして、その結論を「1.13憲章」として掲げています。ここでは、そんな「1.13憲章」に関連するテーマをいくつか取り上げ、様々な観点から考察した内容を投稿致します。

 皆様、こんばんは。事務局の神山です。

 今回のエントリーでは、2011年3月5日付けで発布されましたUC本部からの公文『世11-160-04 号 』について触れておきたいと思います。

 宜しくお願いします。

 まず、未だお読みになっておられない方のために、入手致しました公文を掲載させて頂きます。一読下されば幸いです。

 但し断っておきたいのですが、この文章はメールの添付であります。親しい現役信徒の方が送って下さったものです。公文の公式の原本ではありません。公文原本と同じ文章である事を前提に綴って参りますので、予めご了承下さいませ。

 それでは、どうぞ。

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世界基督教統一神霊協会

2011 年3月5 日
世11-160-04 号
受信:地区長、教区長、教会長、教育担当者
発信: 広報局
題目: 怪文書「権進様の手紙」及び「1・13 プロジェクト」にご注意ください

昨年12 月22 日の公文「『権進様の手紙』と称する怪文書についての注意」でお知らせしましたが、現在、「権進様の手紙」と称する怪文書が出回っており、それをブログに公表する神山武士(かみやま・たけし)氏なる人物の「1・13プロジェクト」があります。

─「権進様の手紙」は、権進様が書かれた手紙ではありません! ─

昨年、世界宣教本部に問い合わせたところ「権進様が書かれた手紙ではない」という公式コメントが届いています。今回、國進様にこの件を報告したところ、「権進様ではない」と明確にされました。

「1・13 プロジェクト」の神山武士氏は、「自分は教会員ではない」と語り、どこに住んで、何をしているのか、まったく素性が分からない人物です。教会員ではないと言いながら、御言を引用し、独自の摂理観を語っています。その内容は、A氏、B氏を中心とする「第4 イスラエル研究会」の主張と同じもので、怪文書「権進様の手紙」は「第4 イスラエル研究会」に関わる人物ら、A・B氏の一派が関わっており、彼らを中心として拡がっています。

亨進世界会長が語られるように、私たちは「真の父母様」(文鮮明先生ご夫妻)を中心に歩む群れであり、それ以外の「誰か」を中心にするものではありません。権進様の名を騙り、教会員を誤った方向に連れていこうとする、この非原理的な動きにご注意ください。

「権進様の手紙」及び「1・13 プロジェクト」が権進様から来たものではない事実を、全教会員が周知徹底するようよろしくお願いいたします。

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 如何でしたでしょうか?

 今回、発布されました公文でも『第4 イスラエル研究会に関わる人物ら、A・B氏の一派が関わっており、彼らを中心として拡がっています。』とあり、第一回目の公文と殆ど同じ論調になっています。

 先回第一回目の公文に関して書き記しましたように『A・B氏の一派が関わっており、彼らを中心として拡がっています。』と言うのは全くもって違っています。

 また、『御言を引用し、独自の摂理観を語っています。その内容は、A氏、B氏を中心とする「第4イスラエル研究会」の主張と同じもの』とありますが、これは、どうも彼らが引用するみ言が同じ、あるいは、同様だという観点から仰っている様です。

 私どもからすれば、公務でご多忙の中、じっくり時間をかけ十二分に検証できないところがあり、似通っていると言う事で多分同じだろうと断定してしまったのだろうと推察致しております。

 この辺のところは、今後、時間さえしっかりと割いて十二分に検証下されば、どこが同じで、どこが違うのか、また、必ずしも彼らの主張とは同一ではないという事がご理解頂けるものと思います。

 さて、第一回目の公文と大きく違う所があるとすれば、『昨年、世界宣教本部に問い合わせたところ「権進様が書かれた手紙ではない」という公式コメントが届いています。今回、國進様にこの件を報告したところ、「権進様ではない」と明確にされました。』と、言う所でしょうか?

 公文ですのでUC本部としてもそれなりの責任をとる前提で発布されたのだろうと思います。

 つまり、責任を『國進様』に一旦お預けになったのだろうという事です。すなわち、この度は『今回、國進様にこの件を報告したところ、「権進様ではない」と明確にされました。』と敢えて『國進様』が否定した事を前提に、発布されたものと推察致しております。

 これは、本部にとりましては『安心・安全・大丈夫!』といった一つの保険の様なものでしょう。とりあえず『國進様』に下駄を預けられたのだろうと推察致しております。

 組織です。当然の処置であり、致し方ない事であります。組織である以上、自分で背負込めない事案はより大きな責任ある立場に委ねなければなりません。

 かかる当該案件に責任を持つ本部スタッフがどなたか。当方としては、今のところ知る由がありませんが、まずもって、この紙面をお借りしてあなたに心より御礼申し上げます。

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 私どもと致しましては『4男・國進様』に『権進様の手紙』そして『1.13Project』について、また、その主張についてご報告いただく事が一つの節目であろうと予測しておりましたので、その節目を担って頂けた事に心より御礼申し上げます。

 今後も、出来るだけ詳細に『権進様の手紙』の内容と私ども1.13Projectの考えるところを『4男・國進様』にご報告して下されば幸いです。宜しくお願い申し上げます。

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 ところで読者の皆様は、如何でしょうか?

 これで『天下の太鼓判が押された』という事で『もう安心!早速、1.13Projectと権進様の手紙を否定しよう!』と思われますでしょうか?

 日本ブログ村『統一教会カテゴリ』に参加されているブログを拝見致しましたところでは、未だその様な態度を表しておられる方は極く僅かです。個人的には大変勇気のある方だと思います。

 今この記事を閲覧頂いている皆様!

 皆様は『権進様の第一の手紙』を既に読まれたのでしょうか?

 この先は十二分に読まれたと言う前提で述べて参ります。未だよく読まれていないという方は、是非とも一読下さい。そして十二分な検証をして頂けます様、お願い申し上げます。

 さて、『権進様の第一の手紙』の13ページには、次の様に記載されています。

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 さて、本当にこの手紙の最後になりました。この手紙が普及するに従い必ず起こる事について触れて おきます。

 この手紙が普及するにつれ、 『これは、本当に 5 男・権進の書いたものなのか?』という噂が経つは ずです。中には『大変な事が起きています!』といって、4 男の国進兄(弟の 7 男亨進)である教会の 指示系統に従うメンバーのだれかが報告する筈です。 それは、またたく間に、4 男の国進兄(弟の 7 男亨進)の元に届けられるでしょう。 そして、最後に私の元に必ずや届けられることでしょう。

 その時、私が示す態度はどのようなもので しょうか? 私は『知らない』という態度を取るでしょうか?それとも、『これは、本当に私が書いたものです。 』という態度をとるでしょうか?

 さて、皆様は、私がどのような態度をとってほしいですか? 実のところ、 これによって皆さまが 『バアルに屈しない 7000 名』かどうかが寄り分けられるのです。

 もし、私が『これは、本当に私が書いたものです。 』という態度をとることを期待されているとすれば、あなたは『バアルに屈しない 7000 名』とはいえません。

 あなたは、まだ、3 男の顕進兄か、もしくは、4男の国進兄(弟の7男亨進)である教会の指示系統に従うことで安心と安全、そして、幸福を得ようとしておられるのです。

 2者が神とお父様によって、敢えて分けられた歴史的なカインアベルである事を本当の意味で理解していないという事が言えるのです。

 結論はこのように言う事ができます。私の取る態度が『こんな事は一切知らない!私には関係が無い!あり得ません!こんな手紙は書いていません!』という態度をとっても、また、『そうです!これは事実私がしたためたものです!』という態度をとっても、皆様の取る態度は、先ほど私が述べた『バアルに屈しない 7000 名』の定義に則している必要があるのです。

 2013年1月13日『摂理の D-Day』に求められる本質は『バアルに屈しない 7000 名』の定義に則 している人々が、果たして、お父様の成してこられた統一運動史の中にどれだけ育っているかという事です。

 これも、神とお父様が、私を通して成そうとする摂理の最終段階の一プログラムなのです。

※この文章は『権進様の第一の手紙』です。文中の『バアルに屈しない7000名』の定義は『第二の手紙』では『1.13憲章』に置換えられています。初めての方は、早速『第二の手紙』にて御確認下さい。

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 さて、改めてお読みになった率直な感想は如何でしたでしょうか?また、初めてお読みになったあなた。あなたの感想は如何でしたでしょうか?今、どの様な気持ちを味わっておられるのでしょうか?

 ここで、皆様に断っておきたいと思います。

 権進様は『1.13憲章』に責任を持って下さる7000名、いわゆる『バアルに屈しない7000名』が整う迄は、決して前面には出られないでしょう。

 これは、私ども1.13Projectの推測です。しかしながらまずもって間違いない事だと思っています。何故なら、これはあくまでも原理的なプログラムだからです。

 先ほどの権進様の仰っている内容から、賢明なる皆様におかれましては既にお気付きの事でしょう。権進様は、誰かの指示に従って安心・安全を望む信徒をお探しになっていません。

 2013年1月13日「摂理の D-Day」に求められる本質は「バアルに屈しない7000名」の定義に則 している人々が、果たして、お父様の成してこられた統一運動史の中にどれだけ育っているかという事です。

 と、強く訴えておられます。

 権進様は、『1.13憲章』について確信を持って進めておられるのですが、実のところ、最終的には文先生の否定を受けるべきだとも仰っておられます。『1.13憲章』は間違いである!と。最低2度にわたって否定を受けるべし!と仰っています。

 これは、丁度、文先生が真理を悟りみ旨を出発されるにあたり、全霊界から否定を受け、最後は神様御自身からも2度否定され、3度目に全面的な同意を得られたというあのエピソードと同じだという事です。

 皆様は、このエピソードを「主の路程」の講義などで学ばれ、よくよく御承知の事と存じます。

 権進様は言われます。

 『み言を解き、真理を悟ってみ旨に立つ時は誰でも神様から2度にわたる全否定を受ける様になっています。』と。

 『これは、お父様だから特別なのではなく、人間であればだれでも受けなければならないのです。お父様が示して下さった路程は単なるエピソードではありません。お父様は人間として歩むべき原理原則を先駆けて歩み、全てを明示して下さっています。あの神様からの否定は原理です。』

 『これは、男性の真の子女全員が通過しなければならない宿命です。』『3男の顕進兄であれ、4男国進兄であれ、7男亨進弟であれ、私くし5男権進であれ皆一緒です。』『み言を解き、真理を悟ってみ旨に立つ時は誰でも神様(お父様)から2度にわたる全否定を受ける様になっています。』

 と、・・・。

 ところで、折角です。この件に関して、かつて権進様が仰っていた事をお伝えいたしましょう。

 権進様目線で書き記します。

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 重要な事は何かといいますと、『み言を解き、真理を悟ってみ旨に立つ時は誰でも神様から2度にわたる全否定を受ける様になっています。』ということです。自分ながらに最善を尽くしている事、一般的に素晴らしいと評価される事、道義的に良い事等をして否定されるという意味ではありません。

 全てを悟り真理に立っているにもかかわらず全否定されるという事です。

 未だ悟れず真理に立てない中でそれなりの否定をされるという事ではありません。

 全てを悟り真理に立っているにもかかわらず全否定されるという事です。これは、否定の目的とその次元が違います。原理(成長過程)を満たす時に起きる絶対基準の否定です。これは、全く質が違うのです。

 ところで、歴史はいつもこの限界に挑んできたという事が言えます。

 まず、神の前にお父様(イエス様)がその基準を立てられました。ならば、次にお父様の前に真の息子達がこれをパスしなければなりません。ここに歴史時代のアベルとカインの争いの根本が重なっているのです。

 実は今、3男の顕進兄と4男の国進兄(7男の亨進を含む)両者は、それぞれお父様からの否定を受けているのと同じなのです。それで、それぞれが『お父様の願いはかくあるべし!』と思って突き進んでいます。

 結果として、摂理に対し具体的に何をどうすべきかという観点に対して、その実践の方法手段の違いからお互いに協力し合えないでいます。

 これは、結局のところお父様の語っておられるみ言の真意が分からないところから生じているのです。

 お互いに実力は十分です。お互いに凄まじいカリスマです。我々何人かが束になっても到底かないません。かつて、3男の顕進兄についたあだ名は『ランボー』です。4男の国進兄は『ブルドーザー』のようだと・・・。。

 それぞれ優秀な学歴を持ち、社会的にも立派な成功者といえましょう。何をやっても群を抜いています。7男の弟亨進もそうです。持っている人間としての素質が違います。何といってもあのお父様にしてこの息子達なのです。

 しかし、お父様は私達を認めません。社会が認めるとか誰それと比較して出来が良いという観点では駄目です。宇宙を創造した原理にパスしない限り駄目です。完全に摂理を理解出来なければ駄目なのです。

 文先生が100%原理を理解し、摂理を理解し、完全に時間を主管し、摂理のタイムスケジュールを知って一寸一角の余地なく人類を導いておられるように、真の子女である我々にもその基準を求めておられるからです。

 その基準に至らない以上、私達はお父様の事が分からないのです。結局のところお父様の事が100%理解出来ない以上、何をやっても浮ばれないのが真の子女なのです。皆様とは立たされた位置が違うのです。

 皆様!どうか、私達に同情しないで下さい。

 原理的な成長過程を僅かでも残していれば、全てを悟り真理に立つ事は出来ず、神様からあるいはお父様からの全否定を受ける事はままならず、お父様の直系の2世としての相続は本当の意味で受る事はできません。

 全てを悟り真理に立ち、神様とお父様から本当の意味で原理的な位置に立っての全否定を受けなければ歴史を元返せないのです。

 この問題をクリアした兄と弟の2者が歴史に立たなければ歴史を清算した事にならないという事なのです。

 3男の顕進兄と4男の国進兄(7男の亨進を含む)両者が未だに争っているという事は、この問題がパスされていないからであり、この問題をクリアした時点ではじめて、兄と弟はお互いの為に心置きなく死ぬ事が出来るのです。その時点こそが、心から兄弟の位置を取り替えても良いと思えるところなのです。

 弟が兄になり兄が弟になれる位置とは、実のところ、人間の原理的成長期間を満たさなければ訪れる事はないのです。特にみ旨と摂理を背負う場合の兄弟はそうなのです。

 世の中の一般的な兄弟ではないのです。神のみ旨を完全に相続されたお父様であるならば、その真の子女は、神とお父様のみ旨を100%相続しないで良いのでしょうか?

 これは、真の子女になるというのであれば、誰彼を問わず当てはまる尊い真理であり、創造の原理であり再創造の路程であり復帰の原理なのです。つまり、尊い真理であり、不変の原則なのです。

 現実的な問題として、未完成のものに対しては心から屈服出来ないというのが人間の創造本性だという事を理解しなければなりません。

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 権進様は『お父様からの全否定』について、この様に考えておられます。

 ということで、この度の公文ですが・・・。

 皆様方がどのように受け止めどのような態度を取るのか。これは、皆様個々人が責任を取るべき内容だと思います。私どもの見解は少なくともそういう事であります。

 皆様!少なくとも、本部にお任せしたり、果ては国進様に責任を預けるような事は出来るだけなさらない様にして頂きたいと思います。今後、ますます、その様な時代は過ぎ去っていくものと思います。

 文先生のみ言に根拠を置き、『2013.1.13 起源節』は『真のご家庭三代圏の統一の日』などではないと、自信を持って自己責任で喝破出来る皆様であれば、自動的に本部にお任せしたり、果ては国進様に責任を預けるような事は必要ありません。

 文先生は、既に12年以上もの間、一線に立って訓読会を主管して来られたのです。もうそろそろ、私達は、文先生のみ言葉の真意に触れなければならないのではないでしょうか?

 最後にみ言を少し

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● ファミリー2004/10 P23

 いつでも、二重的な言葉の相対を見つけ出さなければなりません。対応語は何かということです。対応語を見つけ出すのは、私がチャンピオンです。原理世界の正しいことを教えるために、私がすべてつくったのです。

● ファミリー2001年6月号 14ページ

 適当にはできません。公式によって解いていかなければなりません。数学を解いていくように解いていかなければならないのです。わかりますか?「はい。」

● 統一教会  P9 1963・5・22  ソウル・前本部教会

 一番収集するのが難しい人は宗教者です。摂理やその道を信じる宗教者たちです。・・・

● KNSネットニュース 2008・1 第25回 「愛勝日」

 今日、統一協会の信徒たちが、宗教圏の垣根を抜け出られず、それに覆われながら生きてきた習慣的なすべてのことを、どのように清算するのかという、重要な起点に今、来ています。私たちの語っていることは、事実か、そうでなければ謎のような言葉です。事実だというならば、皆さんは、アダムとエバが堕落する前に見ることができ、推し量り得る自分自身となっていますか。

 アダムとエバの堕落以来、これまでの蕩減復帰歴史において、自分の責任がどれほど大切であったかを考えてみましたか。現在、自分が処している場所が、神様の創造の花のような本然の世界ではありません。想像もできない、自由と平和の理想圏内からは永遠に離別した、そのような場所に立っているのです。天の前に自らを何者としても誇り得ないのです。堕落の血統によって縛り付けられた世界版図を前に、どのようにこれを取り消すことができるかということを考えれば、考える余地がないほどに悲惨だというのです。

● ファミリー 2003・3 P14 「神様の真の愛と天地人の関係の回復」

 長い歴史の中で、人間は、宗教生活を卒業しなければならないという、この尊い真理を明らかにした人は、いませんでした。早くから神様のみ旨を知った私は、教派や宗教を創設しようとはしませんでした。神様の摂理の中心宗教であるキリスト教が、私の教えである天道を受け入れなかったことによって、私が初めてつくった組織が、「世界基督教統一神霊協会」 でした。

 ・・世の中が、私たちの長い公式名称に代わって 「統一教会」と呼ぶことによって、「統一教会」 になってしまったのです。しかし、私は数十年前から、私たちの教会の看板を下ろす日を望みながら、その事実を予告してきました。1996年に教会の看板を下ろし「世界平和統一家庭連合」として出しました。これは、人類史における重大事件です。

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 以上、

--- ◆「権進様の手紙」 3月5日付けの公文を受けて思う事 --- でした。


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