一代で清算! | 1.13 Project

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私たち「1.13 Project」では、2013.1.13「起源節」について一つの結論を導きだしています。そして、その結論を「1.13憲章」として掲げています。ここでは、そんな「1.13憲章」に関連するテーマをいくつか取り上げ、様々な観点から考察した内容を投稿致します。

 読者の皆様、こんにちは!事務局の神山です。

 今日は、本来ならば『なんで「紀元節」ではなくて「起源節」なのか?』を掲載する予定だったのですが、昨日UPしました『今日は「D-Day」の元々の意味から』の続きとして下記のみ言を掲載させて頂きます。

 これは、昨日の記事に対して根拠になるみ言を幾つか紹介してほしいとのご要望を頂いた事によります。何卒、ご了承頂けます様お願い申し上げます。

 記事としましては全文を掲載したかったのですが量が倍近くになってしまいますので、今回のエントリーを通して分かち合いたい核心部分だけにフォーカスして掲載致します。

 その核心部分とは『一代で清算!』です。

 これまでにこのブログで掲載して参りました『1.13憲章』『権進様の第一・第二の手紙』そして昨日の私くし神山の記事『今日は「D-Day」の元々の意味から』等で、一貫して説明させて頂いているメッセージの核心は何かといいますと『再現』と『清算』だということが言えます。

 これまでの記事全文に目を通して頂きました読者の皆様におかれましては、既に御理解いただけたのではないかと存じます。

 私どもの今のところの考えでは、文先生は、文先生一代圏(1960年~2000年まで)の都合40年で、ユダヤ史とキリスト教史の都合4000年を『再現・清算』するために壮絶で凄惨な路程を計画設定して歩まれたてこられているという結論を得ているのです。

 それで、事実、西暦2000年までの『歴史の再現』というミッションは勝利されたということなのですが・・・『再現』は、なんとか勝利して来たのです。これは、本当に歴史的な奇跡でありそういう意味において大勝利!であります。

 問題は、昨日の記事の後半に書き記しました通りです。

 2000年までの『再現』をさせる為だけでも本当に壮絶で凄惨でした。これは『摂理のD-Day』の95%が勝利的に完結したといってよいのではないか、と思います。まさに『ノルマンディー上陸作戦』の成功でした。

 しかしながら『ノルマンディー上陸作戦』の成功であって『上陸作戦に続くノルマンディー地方の制圧にはドイツ軍の必死の抵抗により2ヶ月以上要した。』という史実が示すように、未だ、ノルマンディー地方全域に侵攻すべく『ナチス・ドイツの制圧』が残っているという事を理解しなければなりません。

 つまり、『再現』の成功の土台に成すべきもう一つの歴史的な仕事が残っているという事なのです。すなわち、『清算』は未だ成されていないという事なのです。昨日書いた記事の表現を引用致しますと・・・。

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 問題は、ようやく『再現』させた歴史を『清算』する為に設定しておられる2001年から2012年までの昨今を含めたこの12年です。実のところは、今、本格的な『清算』をしている真っ最中なのです。そしてあと2年残っている訳です。これから来年にかけて絶頂を迎えるのです。

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 と、いう事なのです。

 さて、今からご紹介致しますみ言を通しまして、権進様が私ども1.13Projectを通して伝えしたい核心的なメッセージ『再現』と『清算』をより深く分かち合っておきましょう!

 それでは、ここからです。割愛部分には『・・・』が入れてあります。長文ですが何卒宜しくお願いします。

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●「米国五十州巡回講演」祝勝会における御言
▼ 2001年4月18日 ニューヨーク州 イーストガーデン
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 真のご父母様による「米国五十州巡回講演」の祝勝会で語られたもの。
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 それは、修理すべき責任を持った“真の父母”という人が来て、神様のように数千年間かけて役事するのではありません。アダムが一代で完成することができなかったので、一代で解決しなければなりません。

 ですから、それは、どれほど途方もないことでしょか? それは、皆さんには分かりません。摂理をよく知り、み旨に対する代表として立った先生は、そのことをよく知っているのです。それは、話したくありません。話したくないのです。それは、わたしよりもかわいそうなかたが神様であられる、ということを知っているからです。

 不孝息子が、自らの立つ場を見いだせないほどに恥ずかしい歴史である、ということをよく知っているので、話すことができないのです。分かりますか?

 そして、このすべてのことを、宗教圏を中心として、ユダヤ教を中心として、キリスト教を通して、一時にこれが。

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 このような歴史を一代で解決しなければなりません。一代でするのです。分かりますか? 何代ではありません。先生一代で解決しなければなりません。

 アダム家庭が、一代で勝利できなかったことを歴史的に総蕩減して、先生一代で整備しなければならないのですから、それが、どれほど途方もないことであるかということを考えてみてください。だからといって、(助けを求めて)手を出す所は、四方を見回してみても、どこにもありません。神様しかいらっしゃいません。

 その神様も、わたしが神様のことを同情したのであって、神様がわたしを協助してくださるようにはなっていません。協助できないようになっているのです。協助すれば、サタンが黙っているでしょうか?

 キリスト教の基盤を中心として、イスラエルのユダヤ教とキリスト教が責任を果たすことができずに、基盤を失ってしまったので、神様がお独りで、レバレンド・ムーンが独りで立たなければなりません。その立場で四十年間です。お母様を中心として四十年です。

 アダム家庭の一代において、理想的夫婦として立つことができずに堕落した夫婦となって世界を滅ぼし、それ以降、四千年の歴史を経て、また再臨の時まで引き続いてきたものを、その四十年間で先生夫婦が……。

 お母様が、原理を知っているでしょうか? 原理を知らないのです。何も知らないのです。それを教育しながら引っ張ってきて、先生は、夫の役割も果たさなければならず、家長の役割も果たさなければならず、氏族長の役割も果たし、宗教圏の代表、天の全権を中心とした代表責任者の役割も果たさなければなりませんでした。そのような立場として立っているというとき、どれほど深刻か分かりません。

 荷物があるとすれば、宇宙のすべての存在世界が肩にのしかかり、自分が水の中に落ちたような気分です。そのような立場を経てきたということを、皆さんは知らなければなりません。分かりますか? (「はい。」)

 アダム家庭からノア時代、アブラハム時代、モーセ時代、イエス時代、そしてキリスト教の二千年歴史を経て、流れていたすべての主流思想を、銃弾が撃ち込まれるように自らの一身で受け止めなければなりません。

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 先生が、皆さんのような中途半端な心を持っていたならば、今ごろ、どのようになっていたでしょうか? すべて、めちゃくちゃにしてしまっていたことでしょう。

 しかし、わたしが責任者なので、死ぬまで、倒れるまでは責任を持つのです。「やめなさい。」という言葉は、わたしは言えません。そのようにしながら引っ張っていくのです。

 それでも、先生がひとりで機関車に乗って出発して、簡単に行けば、どれほどよいでしょうか?しかし、世の中の重荷をすべて載せたのです。四千年、六千年歴史の重荷をすべて背負って引いていかなければなりません。何のことか、分かりますか?

 そうして、それを一代で終えなければなりません。数千年の歴史、数千万年の歴史を、一代で整備しなければならないのです。

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 摂理史を知らなければなりません。それは、必要とする人、牧師たちが読んでみれば、分かるのです。小学校、中・高等学校を出た人が、それをいくら覚えたとしても、何の役に立つでしょうか?

 理解できる人が、知らなければならないでしょう?

 ですから、一代でこれを合わせなければなりません。皆さん。今から十二年残っています。皆さんの国を復帰しなければなりません。深刻に考えてみてください。神様を王権即位させなければならない歴史時代を、先生独りですべて踏み越えていくということは、夢のような話です。死んだとしてもできません。

 “生きん”とする心を持っては、行くことができませんでした。忠臣になるとしても、それは一生涯、忠臣でなければなりません。そうすれば、神様も同情なさるというのです。

 ですから、先生は八十歳になるときまで、どれほど忙しかったでしょうか? 統一教会は、九七、八年から上がり始めたのです。三年以内にすべての峠を越えなければなりません。どれほど忙しかったでしょうか? 皆さんは、知らなかったでしょう?

 皆さんは、自分の生涯路程において、毎日、訪れる日々が、そのまま継続すると思っていたかもしれませんが、そうではありません。何のことか分かりますか? 一代で終えなければなりません。皆さんも、そうです。今から一代で終えなければなりません。九十二歳までです。そのようにしてこそ、先生がその上で……。

 九十二歳とは何かというと、八十歳から十二年です。二〇一二年までです。そのときは、先生が生きているか、霊界に行っているか分かりませんが、希望を持っているのです。先生がいる間に、このことをしなければならないということを知らなければなりません。分かりますか? (「はい。」)

 今、私が何と言いましたか? (「先生がいらっしゃる間に、このことをしなければならない、とおっしゃいました。」)先生が行くときに、不孝な息子、娘になって、地獄に追い出される人がいてはいけません。少なくとも、その国を代身して、「天の国の孝子」という名でも残すか、「忠臣」の名を残さなければなりません。“聖人”までは行かずとも、死んでも「忠臣」の名を残さなければなりません。

 “聖人”たちは、宗教圏を超えることができるので、国家を超えて、糾合して暮らしているのです。分かりますか?

 ですから、少なくとも天の国の孝子となり、孝子家庭とならなければならず、天の国の忠臣家庭にならなければならない、というのが、統一教会の皆さんが立っている現在の立場です。そして、神様の即位式をしたうえで、国家を即位させなければならないというのが、祝福を受けた家庭の立場なのです。

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 祝福家庭は、今、そこに首を懸けている時であるということを知らなければなりません。それをしますか、できませんか? (「やります。」)執着するものが、どこにありますか? 執着するものが、どこにあるというのですか? 家が何であり、土地が何であり、自分の妻が何であり、子供が何ですか? 自分の国が、失われていくのです。先生は、そのように考えました。

 先生の家庭の子供をすべてほうり出して、振り返ったことがありますか? ですから、國進は、わたしたち父母を座らせて、このように詰め寄ったのです。

 「あなたがたおふたりは、わたしたちの父母ですか? それとも、見たくもない三十六家庭や、わたしたちににらまれた、あの人たちの父母なのですか?」

 それで、何と言ったのでしょうか? 先生は、「あなたの父である前に、あの人たちの父にならなければならない。」ということは、言いませんでした。そのように言えば、終わってしまうのではないでしょうか?

 わたしは、すでに皆さんに対しては、役目を終えたのです。それでもだめならば、身ぐるみはがして、皮をもう一度つくりなおしてでも、改造しようと思っているのです。皆さんの世話にはなりません。わたしは、そのように考えています。

 そして、時が満ちたので、皆、悔い改めるようになり、外的なサタン世界が、自然屈伏するのです。九十度を超えれば、すべて元に戻って終点に着きます。分かりますか? アルパとオメガです。

 ですから、すでに時が近づいているので、“わあ、すでに世界は、このようになったのだなあ。”と、自分たちで、すべて分かるのです。

 父は、自分たちが批判していた父ではなく、また、世界はどのようになるのか、ということを知るようになるのです。しかし、その時になって分かっても、だめです。あらかじめ分かって、そのようにしてこそ、相続を受けることができるのです。分かりますね? (「はい。」)

 わたしが今、話しているのは、摂理を一代で終結することができるように、神様は完成したアダムを捜し求めてこられたということです。そのことを思うとき、神様は、旧約時代、新約時代、成約時代の三時代を、一代で終結しなければならないということをご存じなので、どれほど急がれたか分かりません。

 しかし、それでも歴史は六千年間かかったのです。それを四十年間で蕩減しなければなりません。一代でするのです。四十年間以上、時間をかけてはいけません。このようにして、千辛万苦してそれを蕩減し……。

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 皆さん一代で終えなければなりません。先生が四十年を中心として成したのですから、これから二〇一二年までです。

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 総結論は、そうです。数千万年の歴史を一代で蕩減して、片付けてしまわなければなりません。ですから、お釈迦様のような人は、知っています。統一教会を見てみると、水辺で戯れる小さな魚の世界のようであり、まるでめだかのようになって、先生に侍っているというのです。

 エベレスト山の高さ以上に深い、一万メートル以上の深い大海で暮らしている魚もいるのに、皆、批判しているではないですか? そのことを知らなければなりません。何のことか分かりますか?

 自分で仕事をしてみれば、分かるのです。

 国のために山を越え、野を越え、自分が計画したとおりに行くためには、夜の十二時を過ぎても続け、計画したことを明け方までに終えてから、帰って昼寝をし、そのように時間を短縮させてでも埋めていかなければなりません。

 自分の計画があれば、計画したとおりにしなければならないのではないでしょうか? 八十歳を中心として、先生が計画もなく、ただやみくもにしてきたでしょうか? 分かりますか、分かりませんか? (「分かります。」)

 皆さん一代で、孝子になるか忠臣にならなければなりません。一代でしなければなりません。そのようにしなければなりませんか、してはなりませんか?(「そのようにしなければなりません。」)さあ、“自分は間違いなく、そのようにします。”という人は、手を挙げてください。

 “やるならやり、やらないならやらない”という人は、先生と関係ありません。真のご父母様は、国を建てるために責任を持っているのです。

 ですから、皆さんは、そのための闘いにおいては、“生きるか死ぬか”ということよりも、勝利を持ってこなければなりません。死んだとしても、“勝利の功臣”にならなければなりません。分かりますか?(「はい。」)分かりますね? はっきりと分かったでしょう? (「はい。」)

 一代だけではありません。一代で、そのことだけをするのですか? 死ぬ前に、その国の歓迎を受けなければならないでしょう? そうではないですか? そうですか、そうではないですか?(「そうです。」)“そのようにする”という人は、手を下ろしてください。

 一代で終えなければなりません。それが、先生の宿命的な課題なのですから、どこに休む暇があるでしょうか? 山を越えても、足が痛ければ、転がって雪の塊のようになってでも、降りていかなければなりません。考えてみてください。そのような責任を持っているということを考えてみなさい、というのです。

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 そのことを知らなければなりません。分かりますね? (「はい。」)先生が、一代でこれを終結するために、どのようにするかを考えたとき、どれほどぼう然としたことでしょうか? 何を食べて、何を着て、何をどうしようということは、考えません。

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 一生涯、一生をかけて全歴史を蕩減する責任を持った人は、真のお父様以外にはいません。それを成しえましたか、成しえませんでしたか? (「成しえました。」)死なないで、よくも生き残って、よくも闘い切って……。

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 さあ、一代ですべてのことを終えましょう。さあ、一代清算。(「一代清算。」)一代清算。(「一代清算。」)一代清算。(「一代清算。」)

 清算できなければ、休んではいけません。ご飯を食べることに忙しいのではありません。働くのに忙しいのです。眠るのに忙しいのではありません。働くのに忙しいのです。そのようなことを優先させていては、すべて失敗します。

 先生は、朝なのか夜なのか分からず、昼夜が入れ替わってしまうときが、何度もあります。夕方に座りながら寝てしまい、ふと目が覚めると、まだ夜なのに、“朝だ。”と思って、“ああ、太陽が昇ってくるなあ。”と思うのです。

 そして、夕食を食べる時間なのに、先生が「朝食を食べる。」と言うので、「先生が狂った。」という話をたくさん聞きました。「なぜ先生は、あのように言うのか?」と言うのです。

 先生は、そのように生きてきました。背後がどのようになっているのか、蕩減復帰というものに、どれほど厳しい曲折の道が絡まっているのかということを知って、その道をすべて整理しておいたのです。

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● なんで「紀元節」ではなくて「起源節」なのか? へつづく

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