私は高校時代の波乱万丈な留学経験を忘れることができずに
いまだに悪夢を見たり、トラウマ的な感情に悩まされてます![]()

イジメとか、ドラッグとか、強盗とか銃撃事件とか
色々あったんだけど(笑)
これだけのすごい経験を自分の中だけで留めていくのは
もったいない!という気持ちと、
これから高校留学をする予定や興味のある人たちの
役に立てばいいなあという気持ちで
少しずつですがここに書き留めていきます。
16歳の夏、私はアメリカへ1年留学をしました。
きっかけは、
「このまま日本で皆と同じように過ごしてもなんにも変わらないなあ。
なんか違うことしたいっ!」
というものでした。
高校1年生から自主的に英語を勉強をして、留学への試験を受けました
なんとかテストとインタビューに合格し留学準備開始です。
留学先は、カリフォルニア州に決定。
私は「カリフォルニア?!超都会じゃん!かっこい~!ラッキ~♪」
と完全に調子にのってました(笑)
ホストファミリーの情報は「母と父」の二人家族。
それにブラジルからの留学生Paulaも一緒に住んでいるようで
楽しみで仕方なかったーっ
いよいよ6月に成田空港を出発。
家族にお別れを告げウキウキで飛行機に乗る
向かった先は、ワシントン州シアトルです。
カリフォルニアでの本格的な留学の前に、
4週間の語学研修を行わなければなりません![]()
ここではホストファミリーの家に住みながら学校へ通って
基本的なアメリカ文化や、英語を勉強します。
このときのことを話すと長くなるので、省略しますが、
覚えているのは
「ああ、ほんとに来ちゃった」感。笑
そして、とにかく食欲がない!!
私を受け入れてくれたホストファミリーの食事は
朝は適当に自分で作る。(これは大体の家でそんな感じ^^)
昼はバナナとカップヌードル
夜はみんなで食事。
朝も食べず、夜はほとんど食べず
とにかく生フルーツ、生野菜くれっ!!って感じだった。笑
食べるの大好きな私がこのとき4週間で激痩せしました。
元気も皆無です。
しかも、思っている以上に英語が
ハナセナイ。
おしゃべりが大好きな私はすごくもどかしかったけど
カリフォルニアからは完全に一人なんだから、
泣いてばっかりいられないんだぜっ
と
言い聞かせる。そう、既に必死です。
なんとか4週間過ごして、
ついに明日はカリフォルニアに旅立つんだ~
となんだか複雑な思い。
これが最後の日の写真です。
お世話になったみんなに、バイバイして
号泣しながら
飛行機にのりました。
カリフォルニアに着き、空港を降りると、
ゲートには
ホストダッド(父) ヘクター
ホストマム(母) マドンナ
そして、
これから私の学校のことやホストファミリーについての
管理をしてくれるコーディネーターの
リサ(年齢不詳 ものすごい巨体)
(この人と後にものすごくモメます。汗)
でした。みんなニコニコしてていい人そうっ♪
カタコトの英語で挨拶を交わしながら、
ワクワク状態で車に乗りましたっ。
するとブラジル人留学生の女の子Paula
そして知らないお兄さん3人がいました。
だれだろ、このboysは。。と不思議に思いながら
私爆睡。しかも超話しかけてくる。
まず自己紹介しろや。と思いながらも
まあニコニコしとく。
(のちに彼らがとんでもない奴らだということを知ることになるとは
)
気付いて冷静になると
ヘクターの車はものすごい改造車。
それに普通道路で90キロ近く出してる。
家につくと、周りは砂漠。
見渡す限り砂漠。かなり砂っぽい。
家の中は、これまたすごい。
足の踏み場がないくらい、散らかっている。
まあとりあえず部屋の中を案内されてみると
私とブラジル人のpaulaの部屋は
紫と青と赤で書かれた不思議な絵の壁で
埋め尽くされている。
ふむ……
その後ヘクター(ホストダッド)の仕事現場に連れて行かれる。
………なんかすごいところに来てしまった気がする
と思いながらも、その日を終えました。
これからが私の想像を超えるひどい生活の始まりでした。(笑)
泥棒、ドラッグ、いじめ、銃撃事件など
イベント盛りだくさんです。笑
次回から本格的に始まった私のカリフォルニア生活について
書いていきます。





