35年間ありがとうございました。

数理哲人先生も、震災がなければ、絶対に出会うことがなかったであろうお方です。

 

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E8%B0%B7%E9%81%94%E4%B9%9F

本名を米谷達也先生とおっしゃり、wikipediaにも掲載されているような、文・理数ともに長けた先生です。

 

 

数理先生とは、福島の学習支援でいらしてくださったことがきっかけだったように記憶しています。

 

 

危なっかしい私を見ておれず、

いろいろとアドバイスをくださいました。

 

 

3年半かかって開設した東京駒場のサロン「番來舎」も、お使いいただいたり、最初の講演を数理先生にお願いいたしました。

 

 

もちろん手弁当で、二つ返事でお引き受けいただき、本当に感謝しています。

 

福島の子どもたちのために、

未だに学習支援に来てくださっています。

 

 

本日、12月28日の佳き日、

南相馬の通称名「番場塾」は終了となります。

 

有終の美を、数理先生からの温かいメッセージで閉めさせて頂きたいと思います。

 

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数理哲人

大学受験予備校プリパス代表取締役社長

高等学校非常勤講師、辰已法律研究所講師

さなる予備校@will講師、養賢ゼミナール客員講師

ふくしま学びのネットワーク講師

おきなわ学びのネットワーク講師、学びエイド講師。

知恵の館文庫執筆者、『理系への数学』『現代数学』(現代数学社)執筆者、『数学入試問題正解』(聖文新社)解説委員。

 

 

 

 

番場先生とお会いしたのは2014年の7月でした。

 

ベテランママの会による「福島県南相馬発・坪倉正治先生のよくわかる放射線教室」ができたばかりの頃です。

 

 

福島県に対するスティグマやら風評被害(これを私は「経済的虐待」と呼ぶ)がまだまだ残っていた当時、

 

こうした小冊子をつくる取り組みの社会的意義に触れて、

 

咄嗟に「私なりに呼応しなければ」と感じて、小冊子を数百部入手させていただきました。

 

 

 私は数学の指導の場ではいつも「判断の座標軸を自分の中に持て」と説いています。

 

そうした講話の中で、

年に一度は放射線教室小冊子をテキストとして配布し、

事実に基づいて判断をすることの実践事例として、

福島県浜通りのことを高校生に語りかけてまいりました。

 

 

当時の放射線に対する不安の中で、

オカルト風な言説さえ飛び交っていた時代に、

必要かつ適切な情報提供であったと考えています。

 

 

 2014年11月に東京の拠点「番來舎」がオープンするまでの間、

番場先生は不動産屋を巡っていたところ、

 

「福島県人である」ことを理由に30軒以上のオーナーから入居を断られていたそうです。

 

 

想像するに、

原発事故による経済被害を受けておられることも影響していたのでしょう。

 

 

不動産賃貸という取引において、

取引相手を選ぶ自由があるとはいえ、東京で家賃収入を得ている人たちが、(偏見をもっていたかどうかは別としても)わずかなリスクを取ることも避けていた様子が見え透いてきます。

 

 

 そうしたご苦労を重ねた後に、

駒場東大前のビルオーナーが賃貸契約を結んでくれたことで、

「番來舎」のオープンに漕ぎ着けることができました。

 

 

私自身がかつて駒場東大前で教室を営んでいたという地縁もあったことから、

番來舎開設初日の記念講演にご指名をいただき、

登壇させていただきました。

 

 

その後に登壇することになる、すばらしい皆さまのことを思い返してみるまでもなく、

たいへん光栄なことでありました。

 

 

この場所で数多くの啓蒙的な講演が行われ、

人的交流の基地となったことは皆の知るところです。

 

 

私も,問題意識を共有する多くの友人を、

番來舎を通じて得ることができました.。

 

 

2018年3月末に番來舎を閉じるまでの3年半のうちの2年ほどは、

私どもの教室を番來舎に置くことで、教室をシェアさせていただきました。

 

 

日当りのよい、

居心地よい教室でした。

 

 

2016年夏のIMO(国際数学オリンピック)香港大会メダリストがこの場所から輩出されたことも、特筆しておきたいと思います。

 

 

 番來舎の運営においては、

多くの仲間が手弁当で手伝ってサポートしてくれている様子を、

近くで拝見しておりました。

 

 

中には一部、

番場先生を利用してやろうというような輩も混ざっていたように私には思えるのですが、

番場先生ご自身は「来る者は拒まず」を通しておられました(余計なことでしたら,申し訳ありません)

 

 

これもまた、

先生のお人柄なのでしょう。

 

 

 民間で学習塾を営む同業者として、

原発事故により市民が避難を余儀なくされることが、

経営にどれほどのダメージを与えることか、察するに余りあります。

 

 

あの事故がなければ、番場先生は平穏に塾の経営を続けておられたに違いありません。

 

また、もしそうであれば、番場先生と出会うこともなかったし、

いま現在私が駒場東大前に戻って教室を置いていることもなかったかもしれません。

 

 

 35年続けてきた教室を閉じるのは大きな決断であったことと思いますが、

先生の力を必要とする場所で、

次のステップに進まれるとのこと。

 

 

新天地でのご活躍とご健勝を祈念しております。

 

覆面の貴講師 数理哲人

 

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先生ありがとうございました。

ご恩は一生忘れません。

して差し上げたことは忘れても、人様からしていただいたことを忘れてては畜生以下だと思っています。