iRONNAより転載です。

 

その1に続きその2

 

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 東日本大震災以降、福島県浜通りの医療支援を継続してきた小松秀樹医師は、「福島医大のやっているのは火事場泥棒だ」と憤る。小松医師が問題視するのは、復興予算の使途だ。福島民報2011年9月20日号によれば、福島県と福島医大は、約1000億円を投じ、放射線医学県民管理センターなど5つの施設を5年間に新設すると発表した。

 

 2017年1月現在、福島県立医大には、ふくしま国際医療科学センター(放射線医学県民健康管理センター、県民健康管理センターデジタルアーカイブ、先端臨床研究センター、医療-産業トランスレーショナルリサーチセンター、先端診療部門)、ふくしま子ども・女性医療支援センター、災害医療総合学習センターなどが新設されている。先端診療部門には新たに建設された5階建てのみらい棟と呼ばれる壮大な建物が含まれている。高野病院を見捨て、中通りに位置する福島医大に、こんなものを作る意味がどこにあるのだろうか。

 

 福島県・福島医大の暴走は、これだけではない。2018年4月には、福島第一原発から約10キロの富岡町に二次救急病院「ふたば医療センター(仮称)」が開設される。病床数は30だ。

 

 問題は経費だ。総工費24億円で、1床あたり8000万円になる。病院の建設費は、1床あたり、民間病院平均1600万円、公立病院平均3300万円だ。馬鹿たかい。

 

 しかも、この病院は最大5年で閉鎖される。双葉郡の避難指示が解除されると、双葉郡内の県立病院が再開されるからだ。高野病院へはカネは出せないが、県立病院には湯水のようにカネを使う。福島県関係者は「人が住んでいないところに、急性期病院を建てて、どれくらい役にたつかわかりませんが、もう後戻りはできません」という。

なぜ、こんなことになるのだろうか。それは、行政には行政の都合があるからだ。福島県が、このような対応をとったのは、高野病院のケースが初めてではない。

原発事故後、政府は民間業者向けの救済スキームを作った。ところが、福島県は運用の仕方が悪かった。例えば、避難地域の病院経営者は「救済措置を受けるには、営業を再開しなければならなかった。病院を閉鎖している間は支援されず、東電の賠償金でなんとかしろという態度だった」という。勿論、東電の賠償金は十分ではないし、「法人税で三割持っていかれる(前出の経営者)」という。

さらに、病院を再開しようにも、福島県が策定した地域医療計画が立ちはだかる。「移転が認められるのは、原発被害にあった相双地区か、150キロも離れた南会津だけだった。隣接するいわきでの再開は認められなかった(前出の病院経営者)」そうだ。杓子定規な対応に呆れはてる。

 

 福島県にとっては、民間に補助金を出すより、県直営の機関を作った方が権限とポストが増えるのだろう。彼らにとっては「合理的」な選択かもしれない。

 

 行政を監視するのは、本来、議会とメディアの役割だ。福島県の場合、地元紙が「実態」を報じないのだから、議会もチェックしようがない。県民は何も知らされないまま、事態は進んでいく。

 

 この間、民間病院は内部留保を切り崩し、資産を切り売りして、窮状を凌ぐしかない。しかしながら、それも限界がある。このままでは、早晩、「倒産」するしかない。

 

 読者の皆さんは「福島県のケースは特別」とお考えの方が多いだろう。確かに原発事故が各地で起こるわけではない。その意味で特殊ではある。しかしながら、高野病院の苦境は、原発事故だけが理由ではない。我が国が抱える構造的な問題を反映している。それは地域では民間病院が「構造的不況業種」になりつつあるからだ。

病院の経営は、診療収入に依存している。診療収入は診療単価と患者数のかけ算だ。厚労省は、高齢化に伴い患者数が増加し、医療費が増えると主張している。財政破綻を避けるために、診療報酬を引き下げてきた。確かに、マクロでみれば、この政策は正しい。ただ、例外もある。それは地方都市だ。


 高度成長期、団塊世代が地方都市から中核都市に移動した。東京や大阪は、団塊世代が高齢化し、医療・介護需要が逼迫する。一方、地方都市では団塊世代の親世代が亡くなりつつある。中核都市では、総人口は減るが、高齢者人口は増えるのに対し、地方都市では総人口も高齢者人口も減少する。医療機関の収入は急速に減少する。

 一方、中核都市での医療ニーズが高まるため、地方都市での医師調達コストは高まる。東京から福島県浜通りにアルバイトの医師を呼ぶ場合、その費用は、週末の二泊三日の当直で30万円を超える。東日本大震災以降、アルバイト料は更にあがった。

 

 さらに消費税は患者に転化できないため、医療機関にとっては損税となる。厚労省は、診療報酬で対応しているというが、十分ではない。地方の中小都市の医療機関の経営は急速に悪化する。

 

 このような影響は、すべての医療機関に同じように出るわけではない。対応の仕方が異なるからだ。例えば、開業医は、日本医師会の政治力を使い、診療報酬の引き下げを最小限にしようとする。国公立が多い急性期病院は赤字が出ても、税金で補填される。もっとも影響を蒙ったのが、中小の民間病院だ。彼らも業界団体を形成し、厚労省や与党に陳情しているが、その影響力は日本医師会とは比べるべくもない。

我が国では200床未満の民間病院が、全病院数の過半数を占める。つまり、彼らが地域医療を支えている。高野病院は、このような中小民間病院の典型だ。

 

 高野病院では、院長が病院の敷地内に住み、24時間365日対応することで、コスト削減に努めてきた。過労がたたり、3月に体調を崩した。そして、今回の急死となった。壮絶な戦死だ。

 

 実は、このような病院は珍しくない。日紫喜光良医師(東邦大学)の推計によれば、20床以上の日本の病院の約9%が「一人院長病院」だ。多くの院長は高齢だろう。いつ倒れてもおかしくない。高野病院のように、地域で唯一の病院の場合、地域医療は「頓死」する。

 

 今後、このような事態は益々増えるだろう。どのような救済スキームを準備すればいいのだろう。医療機関が国公立だろうが、民間だろうが関係ない。住民視点にたち、ソフトランディングの仕方を議論すべきだ。