グリーフ(grief):喪失による深い悲しみ、悲嘆、苦悩
「悲嘆は大切な人との死別後に見られる、あくまでも正常な反応」
「喪失感を感じている時、その事実から目を背けても何も解決しない。自分の心をごまかせば、喪失感は更に大きくなって襲ってくる」
「悲嘆を癒し軽減するには、十分に悲しみ、何らかの方法で悲しみを表出し、受け止める作業が必要」
今はまだ悲しみを吐き出せない。
感情が鈍磨している。
辛いけれども今の自分を書き残す。
日中は事務的な手続き以外、あまり動かない。
動けない。
動いてもスローモーション。
夜になると1人ウォーキングに出かける。
歩いていると少しだけ感情が動く気がする。
マスクをしているので、顔が歪んでも歯を食いしばっても、すれ違う人には分からないと思う。
軽くかいた汗を流し、ぬるめの風呂につかる。
静かな音楽を流しベッドに入る。
本を眺めていると眠気を感じる。
明かりを消して目を閉じる。
でも眠れない。
目を閉じると母が苦しみ息をを引き取る場面が蘇る。
辛くなるので直ぐに振り払い思考を停止する。
結局、市販の睡眠改善薬を飲み眠りにつく。
何とか睡眠は確保できる。
朝はなかなか起き上がれない。
重力が倍になった気がする。
頭が重い。
このマンション。
母に穏やかに過ごしてもらう為に越してきた。
部屋中が母の介護仕様。
目に映る物のほとんどが母の生きる力を支える物だった。
母との穏やかな日々が蘇るが、直ぐに辛くなるので思考を止める。
今はどれも必要ない物。
先日、福祉用具の回収。
ベッドの解体作業。
儀式のように見えた。
骨組みをバラバラにする作業。
火葬場を思い出す。
ただ見つめていた。
心が痛む。
寂しい。
母の居た景色が1つ1つ消えていく。
母が過ごした部屋(写真は母を連れてくる前のもの)
母の生きる力に感動し、母の存在に癒されていた。
それなのに
母の人生の最後に、
言葉では表せない程の辛い苦しみを与えてしまった。
起きる事には意味がある・・・という。
乗り越え成長する為の試練・・・だという。
母に苦しみを与える試練なんて、
・・・私はいらなかった。
もう成長なんて望んでいないのに・・・
