母に安心して過ごしてもらいたいと思い、

一年前の夏、このマンションに越してきた。

 

全介助の母だったが、

手を差し伸べる程に、生きようとする姿が見えてきた。

懸命に生きようとする姿は美しく輝いて見えた。

その姿に日々感動し、喜びを感じていた。

 

ただ、いつも、喜びを感じた直後、

手放しでは喜べない思いが、必ず訪れた。

いつか・・・それも近いうちに、必ず別れが来ると。

悲しいけれど、それを受け入れなければと。

 

母を失った今、

その悲しみの底が見えてこない。

 

「誰かを愛しむことは、いつも悲しみを育むことになる。なぜなら、そう思う相手を喪う(うしなう)ことが、たえがたいほどの悲痛な経験になるからだ。宿った情感が豊かで、また、相手を深く思えば思うほど、訪れる悲しみは深くなる」

 

「愛する気持ちを胸に宿したとき、私たちが手にしているのは悲しみの種子である。その種子には日々、情愛という水が注がれ、ついには美しい花が咲く」

(若松英輔 悲しみの秘儀 より)

 

 

「悲しみの花は、けっして枯れない。それを潤すのは私たちの心を流れる涙だからだ。生きるとは、自らの心のなかに一輪の悲しみの花を育てることなのかもしれない」 

 

「かつて『かなし』という言葉は、『悲し』『哀し』だけではなく、『愛し』と書くこともあった。・・・それは、単なる悲嘆の表現ではなく、尽きることのない情愛の吐露でもあった」

(同著書 より)

 

旧友に言われたことがある「俺は、親の介護で自分の生活を犠牲にしたくない」「90年も生きれば大往生だよ」と。

 

私は、母の介護の為、3年程前に仕事をやめた。

その後は、ほとんど母の介護を中心にした生活だった。

それでも、自分の人生を犠牲にしてきたと思った事はない。

むしろ、母には感謝の想いしか湧いてこない。

母は全身全霊を懸けて命を慈しむことを教えてくれた。

 

前回のブログでも引用した若松氏のことばに救われる。

 

「死別は悲しく、たえがたい、だが、別れを経験し、涙が涸れるほどに悲しまなければならないほどに人を思う人生がどうして虚しいはずがあるだろう」

 

時間がかかるだろうが、

母の素敵な笑顔を心から喜んで思い出せる日が訪れ、

いつ「悲しみの花」が「愛しみの花」に変わる日が来ることを。

自分自身の魂を信じている。