癌
寿命
まだまだ一緒に生きて欲しかった。
でも、振り返れば癌発覚からの4年2ヶ月。
再発、検査結果、副作用との恐怖で眠れぬ夜を過ごして来た。
先の見えない不安に、父と何度も電話で話し無理矢理納得しては電話を切る。
お腹が張る。
口内炎が出来た。
咳が出る。
食欲がない。
だるい。
父の不調を聞くたびに、心臓が止まりそうになりアチコチ電話をかけて相談に乗って頂き父に話してみんなで安心する。
父も必死だった。
お葬式ぐ終わり、父の免許証を見たら飲んでる薬を書いたメモが入っていた。
効能も。
お薬手帳を持ち歩いていたのに、自分の飲んでる薬を覚えようと書き残したメモ。
父が大事な物を入れ棚には、競輪の紙に選手の名前だの場所だのを色々書いた紙も出て来た。
趣味のない父が、不安から逃れようと必死で戦った跡に私は思えてならなくて、この二つの紙が出てきた時は胸が苦しくて仕方なかった。
父が再発した時は、ショックのあまりこの一年間ずっと食べれない、眠れない、動けないで、母や父に心配をかけてしまった。
私なんかより、父さんの方がよっぽど怖かったのに。。。
こんな思いを繰り返しながら、頑張って闘ってきた時間。
父と同じ胃がんで腹水がたまって亡くなった兄嫁さんの姿、有名人が癌で亡くなったとニュースが流れる度に、死が迫ってきて不安がっていた姿も見て来た。
まだまだ生きていて欲しい!!
笑って文句言い合って、必死に希望を求めてみんなで一丸となっていた時間。
入院してからも、何度も危篤と言われながらも復活を遂げてくれた父の姿。
その度に、涙を流す私達に
ワシは死なん!
そう言って励ましてくれた父。
全くご飯が食べれなくなっても、食べようと食事は部屋に運んでもらってたし、ご飯が食べれなくなったらアイスを食べ、アイスが食べれなくなったら、カルピス、天然水のヨーグルト、何かしら口にしていたよね。
薬を飲むのにも、吐き気やツカエ感が出て具合が悪くなっていたのにね。
トイレだってそう。
最後まで自分で行こうと頑張って歩いて行っていたよね。
ベッドから離れたらいけない!って言われても、自分でカーテンを閉めたり、電気を消したり。。。
看護師さんの手を煩わせまいと自分でしては、注意されてたもんね。
頑張って生きる意欲を最後の最後まで持ち続けた父さんの姿。
尊敬しかない。
痩せて痩せて。。。
痩せ細ってしまった父さんの姿を見たら、これ以上頑張って!って言うのは残酷だとも思える程の姿。
最後の最後まで、痛み止めを使わず生き抜いた父さんの姿。
闘い切って生き抜いた父の姿を思えば、まだ一緒にいたかった。。と言う考えは、私のただのワガママでしかない。
膵臓への転移癌だって、よく3年もおとなしくしてくれていたもんだと、感心しながら過ごしていたのに、、、
何故だろう。
こんなにも、私達に生き抜く姿を見せてくれた父さんだけど、やっぱりまだまだ生きていて欲しかったと願ってしまうんだよ。 わたし。
今、父さんに会えたら思いっきり抱きしめて、私は何をすれば良かった?何をして欲しかった?
聞いてみたい。
全部私のただのワガママ。
困った娘で、父さんも苦労するね。