まずは被災された皆様へのお悔やみおよびお見舞い申し上げます。


私はその瞬間は原宿の神宮前交差点でその揺れを感じ、次の瞬間大勢の若者達の阿鼻叫喚の群集のパニックに巻き込まれた。

信号はすぐにすべてが赤に変わり警察官がすぐに出動し交通整理をしていたが、信号機が折れるか?というほどの揺れでとにかく凄かった・・・


たまたま原宿の友人がマンションのリフォームが完成して「お茶室」を造ったということで、友人と14:50に待ち合わせをしていて地震に遭遇。

結局は帰宅難民となってそのマンションの10Fで宿泊したのだが、夜も余震が怖くって眠れなかったものです。


さて昨日は日経平均が1000円以上も大暴落したのだが、この地震のお陰で大きく上がった株が枝野官房長官ということです。


先ほどのCNNで視聴者の関心事BEST3を発表していたが

1位 枝野寝ろ!

2位 自衛隊頑張れ!

3位 菅起きろ!

連日の記者会見で不眠不休の活躍をしている彼の人気が今朝のラジオを聴いていても凄いらしい?

それに比べてあまりにもお粗末なメッセージおよび質疑応答から逃げまくっている菅首相はまたさらに人気凋落である。


私たち国民は未曾有の危機にあたって、そんな頼りない首相に従うしかないという最大不幸社会ではあるが、日本人の力を合わせてこの危機を乗り切りたいものだ。


しかし東電さんの無計画停電には困ったものだ・・・

はっきりとした予定を決めてくれれば誰も文句は言わないのに、いきなり中止か延期か実行かで本当に困っている。

わが町は第2グループで今日の夕方だったが、外出して確認したら甲州街道の信号機は稼動していたのだが、旧甲州街道は信号は消えていて警察官が誘導していた。またけやき並木の西側は停電で東側は明るいという本当に部分停電なんだと実感した。


当マンションは幸い停電はしなかったが、急に停電ということもあるのでエレベーターはすべて止まっていて、知らずに帰宅した高層階の人は途方に暮れていた、だって30階も階段を上るのは半端じゃない・・・



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 昨日に続いて私の競馬人生に大きな影響を与えた馬の記念日。


ハイセイコーは1970年3月6日に産まれて、第一次競馬ブームを巻き起こした大スターホースである。


私が初めて馬券というものを買ったのは1973年(S48)の有馬記念で、四条烏丸駅の売店でスポーツ新聞に大きな見出しでハイセイコーという文字に興味を持って、初めて競馬というものに関わった。


馬券の買い方もわからなかったが、翌日祇園の場外馬券上で枠番連勝の馬券を5000円買った覚えがある。

ハイセイコーがストロングエイト・ニットウチドリの3着に負けて、その馬券が万馬券となり1000円が10万円以上になるんだ~って驚き、そこから競馬の道に入っていった思い出があるのです。


ハイセイコーが引退してから1975年には北海道一人旅をして、新冠(にいかっぷ)の明和牧場で感激のご対面をして、その当時はおおらかだったので頭をナデナデして尾っぽの毛を一本拝借して帰り、今でもフジフィルムのプラスチックケースに大切に保管しているのです。


2000年5月4日に30歳という高齢で亡くなるまで本当に多くのファンに夢と希望を与えた功績は凄いものでした。



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1978年3月5日午前8:40私のアイドルホースのテンポイントが亡くなった。


私は当時は一月の日経新春杯での骨折以来毎日その無事を祈っていたのだが、翌日の朝の新聞のトップニュースで見て愕然とした。


葬儀に出席したかったが当時は広島勤務のサラリーマンであったため、高田馬主様にお香典を現金書留にて送ったことを覚えている。


そのあとご丁寧なお手紙が来たことは、以前このブログに書いたとおりでその誠実さに感激した。


写真は私の部屋を飾っている油絵とパネルであり、毎日私を見つめてくれているそのつぶらな瞳に今朝は合掌・・・


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 土曜日の東京競馬2Rで「ライブインベガス」という馬が単勝81.2倍の大穴をあけて優勝したが、その馬主が「鉄道屋」で1997年の直木賞を受賞した浅田次郎氏であった。


土曜日はのんびりとお散歩がてら東京競馬場へでかけて観戦していたのだが、2Rのウイナーズサークルで格好良い帽子をかぶった紳士が口取り写真を撮影していてすぐに浅田次郎とわかった。


彼の小説は「鉄道員」以前からよく読んでいていっぱい小説は持っているし、八重洲ブックセンターのサイン会にもでかけた。

まあそれよりも東京競馬場の7Fの馬主席にはほとんど毎週顔を出しているので目立つ存在である。


自衛隊の出身でアパレルの社長業もしていたが、馬券で生活をしていた時期もあったというギャンブル狂でもあり馬名にもあるようにラスベガスが大好きな人種でもアル。


かれはまったくお酒が飲めないので銀座のクラブでもウーロン茶しか飲まないそうだから、今回も勝利の美酒ではなく美茶での乾杯だったのでしょう?



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 先週は久々にANAで上洛し2泊3日の神社仏閣巡り・・・


伊丹空港から奈良行きのリムジンで近鉄奈良駅へ行き、まずは西ノ京の薬師寺へ!大きなお写経道場で般若心経の写経をする。

久々に墨をすり筆にて1時間以上かけて般若心経を書くのだが、なかなか静かな時間を過ごせた。しかし2000円の料金は高額でビックリしたが、まあ西塔も金堂も講堂もこの写経のお金で建築したのだから寄付と思えば納得の値段かな?


写経の後は国宝の薬師如来と日光月光菩薩、そして久々に国宝も仏足石をみてきた。ちょうどNHKが取材していてカメラがはいっていたが、仏足石は私も学生時代に修学旅行生に説明していたことを鮮やかに思い出しました。


そのまま近鉄電車で四条烏丸のホテルへチェックイン。

近所なので錦小路を散策して京都の食材をいろいろと拝見していたがまあ凄い人並みでぶつかりながら歩くありさまだった。


翌日は宇治の平等院と源氏物語ミュージアムにて藤原氏全盛時代の歴史のお勉強を一日していた。夕方には清明神社へいったがまあパワースポットのブームに乗ってこれまた凄い人であった。しかし私の学生時代はあまり安倍清明は知らなくって、横にアル一条戻り橋のお話をバスの上からしていたものです。


夕方友人の呉服問屋へ行って坐禅のときの作務衣を調達して、一緒にフレンチを食べに行ったがなかなか美味しく楽しい夜だった。まあ20代の時から付き合いの社長さんですから話も弾みました。


最終日は六時前にチェックアウトして大阪の南海難波駅から雪の高野山へ!

奥の院で空海のお墓をお参りしてきましたが寒かったですね~・・・


帰りの飛行機は関空から出発でしたが羽田と違ってシグネットががらがらだったので、遠慮なくビールと豚マンを食べて寛いできました。


やっぱり京都は我ふるさとの感じで落ち着いていいですね~・・・


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