こんにちはショボーン


ブログにご訪問いただき
ありがとうございますおすましペガサス乙女のトキメキ


夫と娘流れ星



いつも休みの日というと、子ども達の用事で自分の時間はとれず、、、
平日は仕事と送り迎えや家事でいっぱいいっぱいです。
今日は月に1度のママのお休みお願い乙女のトキメキ今の会社では毎月平日に1日お休みがあります。

健康診断を受けてから時間があったので、仙台S-PALをブラブラしてきました照れ音符

防寒ブーツを探していて2階、3階、東館とウロウロして歩き、Colombiaで買いましたニコニコ乙女のトキメキ






雪でも安心、防水です



息子のサッカー、試合の時など3時間~5時間ずっと外なので、暖かいブーツが買えてめっちゃ嬉しいくちびる
毎日仕事頑張ってて良かった~お願い
必要な物を買うことにウルサく言わないパパにも感謝。


今日は当ブログ日記として書いています。

平日仕事、土日は息子のサッカーがあり近頃ほんとに趣味程度になっていますが、米粉料理研究家です。パートをしながらの兼業料理研究家です。



私がブログを始めたのはグルテンフリーの料理研究を始めたことがきっかけでした。二年前になります。


体調を崩して銀行のパートを辞め、食生活の見直しをする中でグルテンフリーに出会い、米粉の料理研究に力を入れました。


その頃は食生活を完全にグルテンフリーにし、小麦粉類を一切とらない食生活でした。


米粉でパンやピザ、肉まん、シフォンケーキ、様々な料理を試しました。簡単なものから手間がかかるものもあれば、なかなか形にならないものもあり

たくさん本を読んだりしましたが個人での限界を感じ、勉強しに東京に行きました。日帰りでも行きましたが泊まりでも行きました。パパと子ども達はお留守番です。

その頃の私は、実は心の奥底で「離婚」を考えていました。


今でも時々辛いのですが


5年前、娘が小学校に上がる直前の冬、主人の浮気が発覚しました。その時、離婚するって決めました。いつか必ず自分で子ども達を養えるようになって離婚すると。

その時は主人が謝ってきたのと子ども達が小さかったので「今離婚は違う、もう少し子ども達が大きくなって私が稼げるようになってからだ」と考えグッと我慢しました。

その時体重がグングン落ちて40キロ台になり体調も悪くて、子ども達のお世話と銀行パートとで毎日必死で頑張りました。
銀行経験がないにも関わらず土日休みだという条件で、働いていました。

そんな生活が1年たったころ、さらに食事が出来なくなりました。何を食べてもお腹が痛くてトイレに駆け込みます。
仕事中はトイレに行けないので朝と昼は食べられなくなりました。
半年頑張りましたが、病院でかかりつけの先生から仕事を辞めて休むように言われました。


何かに打ち込まずにはいられませんでした。
主人の浮気、泣いて謝ってきたから「今回は許そう」と思いやり直したのに、主人が横柄で、いわゆるモラハラな態度で接してきます。泣いて謝ってきたのは最初だけで「俺がいないとやっていけないんだろ」「家にもどってきてやった」と。

たまらなくて夫に怒りや悲しみをぶつけると、謝るどころか逆ギレしてくる。こんな夫が居なければ生活出来ないなんて悔しい!!!私だって子ども達を養えるようになって、こんな夫とはお別れだ!!!と心に決めました。


そしてグルテンフリーの料理研究に没頭して、食生活もストイックに小麦粉をやめ、砂糖をやめ、健康的な食生活を送ることにとらわれてしまいました。

グルテンフリー料理研究家と名乗り、料理教室を開催したりワークショップを開催したり、フレンチレストランで働きながらひたすら米粉料理研究に没頭しておりました。


そして1年たったころ、乳腺クリニックで検査を受けてひっかかり、検査を何度も受けて初期の乳がんだとわかりました。38歳でした。


現在も治療と検査を受けて生活しています。3ヶ月に1度検査を受けています。ホルモン療法を継続しており、薬の副作用に悩まされることもありますが、検査を受けて経過観察しながら日々生活しています。


乳がんになって、手術と入院で1週間家を空けました。子ども達は実家の父と一緒に毎日お見舞いに来てくれました。子ども達には乳がんだとは伝えませんでした。


その1週間で、私たち夫婦の関係が変わりました。夫が家事も協力してくれるようになり、モラハラな態度をとらなくなりました。本当に全く別人のように私を労り、子ども達と私の面倒を見てくれるようになりました。

手術が終わり、付き添ってくれている夫に感謝する気持ちが自然とおこりました。私の胸につかえていた「夫を許せない」気持ちが、ストンと落ちて流れていきました。
ようやく夫を許し、また夫婦としてやっていこうと思えるようになりました。


手術を受けてから1年半たちました。

夫は変わらず、家事にも子育てにも協力してくれており、私も夫を頼れるようになりました。
私が乳がんを経験して夫婦の関係も変わり、私自身が夫や子ども達との毎日を大切に思えるようになりました。