『小池劇場』第三幕が終わった!
2016年6月15日、東京都知事の舛添要一が辞職願を都議会に提出した[55]。同年6月17日、小池は、舛添の辞職に伴う東京都知事選挙への出馬の可能性について記者団から問われると「ノーコメント」と述べ、否定しなかった。6月29日、出馬表明[56]。当初は自民党東京都連に推薦を依頼したが、「東京の改革のために覚悟を持って臨みたい」として無所属での出馬を宣言して推薦を取り下げ[57]、自民党に進退伺を提出する。自民党は小池を応援した者の処分などを通達したが[58]、選挙戦では前任の舛添や東京都議会の自民党会派の体質などを批判した。7月31日、投開票。2位以下の候補を大きく引き離す291万2628票を獲得して当選し[59]、女性初[8]の東京都知事に就任した。
2017年7月2日に行われた東京都議会議員選挙においては小池が主催する政治塾『希望の塾』の塾生などを擁立し[65]、選挙の結果、都議会で小池系の勢力が過半数を占めた。都議選後、すぐに党の代表を辞任したため、選挙だけが目的の食い逃げと批判された[66]。都知事就任後は、築地市場移転問題等の対応にあたった。
第二幕
希望の党結成
2017年9月17日未明、NHKが「9月28日召集の臨時国会の冒頭で衆議院解散の見通し」と報道[67]。これを受けて民進党代表の前原誠司は同日、小池に密かに連絡をとった[68]。
同年9月25日、小池は記者会見し、自らが代表となる新党「希望の党」の結成を発表[69]。「これまで若狭さん、細野さんらが議論してこられたが、リセットして、私自身がたちあげるということで直接絡んでいきたい」と述べた[70]。同日付で東京都選挙管理委員会を通じて総務大臣に設立を届け出て受理された[71][72][73]。
同年9月26日夜、小池、前原、連合会長の神津里季生は極秘に会談。民進党と希望の党の合流が協議され、これについて最終調整に入ることで合意がなされた[74][75][76]。9月27日夜、BSフジの報道番組『プライムニュース』に出演し、希望の党参加の条件について、憲法改正と安保法制への姿勢を重視する考えを示した[77]。
同年9月29日午前、小池と前原は新宿区内のホテルで衆院選候補者の決め方について話し合い、合意した[78]。会談後、小池は記者団に「様々な観点から絞り込みをしていきたいと考えております。全員を受け入れるということは、さらさらありません」と述べた[79]。同日午後、記者クラブ主催の都庁記者会見で、挙手をしてもほとんど当てられることのなかったフリージャーナリストの横田一を小池は指名。横田が「前原誠司代表の昨日の『公認申請すれば排除されない』という発言について、小池知事は『安保、改憲で一致しない人は公認しない』と述べた。(小池知事は)前原代表を騙したのか」と質問すると、小池は「『排除されない』ということはございませんで、排除いたします」と笑顔で言い切った[80][81][82][83]。これを聞いて、民進党内では怒号が飛び交った。
小池の「排除発言」をきっかけとして、9月30日未明に「枝野幸男が考え方の近い前議員らとの新党結成を視野に入れている」との記事が配信された[84]。同日、民進党の前職、元職計15人の「排除リスト」が党内に出回る[注釈 6]。混乱の中で旧民進党リベラル派が10月3日に立憲民主党を結党した[
第三幕
小池百合子の元側近の告白によりカイロ大学学歴詐称隠ぺいが発覚した今回。SmartFLASHが乙武氏の5位落選を受けて小池百合子が乙武氏の選挙事務所に姿を現さず「自分ファーストらしい冷血ぶり」と報じた。
配信
4月28日に投開票がおこなわれた衆院東京15区補選は、立憲民主党の新人、酒井菜摘氏が初当選。小池百合子・東京都知事が支援した無所属新人の乙武洋匡氏は、大差をつけられ落選した。
自民・公明の両党が候補者の擁立を見送り、9人が立候補した「乱戦」。当初から酒井候補の優位と見られていたが、乙武氏の知名度に加え、小池知事がバックについたことで、どこまで追い上げられるかが注目されていた。しかし、フタをあければ酒井氏の4万9476票に対し、乙武氏は1万9655票。約3万票の大敗だった。
「小池知事は選挙戦12日間のうち、9日間も乙武氏の応援に入っています。自ら出馬を打診したとはいえ、自身の選挙以外では異例といっていいでしょう。
“本命” の酒井氏を逆転し、自身の影響力を示すことができれば、国政復帰も――と見る向きもありましたが、結果は惨敗。元格闘家の須藤元気氏、日本維新の会の金沢結衣氏、そしてネット界隈以外ではほぼ無名だった日本保守党の飯山陽氏にまで負け、まさかの5位に沈みました。
乙武氏の過去の女性問題が蒸し返されたり、小池氏の学歴疑惑が非難されたりなどがあったにせよ、ここまでの大敗は予想していなかったのではないでしょうか。
小池氏の国政復帰の目はこれで完全に消滅。今後は7月におこなわれる都知事選の3選を目指すことになるはずですが、求心力の低下は明らかです」(政治担当記者)
投票が締め切られた午後8時ちょうど、“ゼロ打ち” で酒井氏の当確が伝えられると、乙武氏は事務所に姿を現し「多くの方に支援をいただいたが、力不足だった」と敗戦の弁を述べた。しかし、そこに小池氏が姿を見せることはなかった。SNSでは、
《さすがは小池。損切りは早いねぇ》
《敗者に用はないと自分ファーストの小池らしい冷血ぶりだわ》
などの冷ややかな声が多数見られる。