ロシアの仕掛けるハイブリッド戦争、日本は大丈夫か?
激化する「ハイブリッド戦争」…ロシアに傍受され世界に暴露された「ドイツ空軍幹部の協議」の中身とは
ドイツ公共放送ARDは、3月2日、ウクライナ支援に関するドイツ軍幹部の協議が傍受され、ロシア側に漏洩したと報じた。一体、何が話されていたのかーー。
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ロシアによる傍受内容
3月1日にロシア国営テレビ(RT)がその協議内容をネットで暴露した。
38分間の録音内容には、ウクライナが供与を求めているドイツ空軍の射程500kmの長距離巡航ミサイル「タウルス」についての議論が含まれている。
ドイツ空軍トップのインゴ・ゲアハルツ総監らが、ピストリウス国防大臣に報告する内容を準備するために、2月19日に民間のウェブ会議システム「Webex」を使った協議を行ったが、それをロシア側に盗聴されたようである。
協議内容は、タウルスをウクライナに供与する可能性、その場合の輸送方法・輸送所要時間・ウクライナへの訓練などである。供与に必要な時間は、軍が行えば8ヵ月、民間メーカーが提供すれば6ヵ月が必要だという。また、訓練は、通常3~4ヵ月、既に技術を持っている兵士の場合は12週間が必要だという。
また、クリミア半島とロシア本土を結ぶケルチ橋やロシア軍の弾薬庫をタウルスで攻撃するケースについても議論され、橋脚が細いので命中させるのは難しいという話もあった。
さらには、イギリス製やフランス製のミサイル使用の可能性についても議論されている。イギリスがウクライナに供与した英国製巡航ミサイル「ストームシャドー」の訓練のために、英軍スタッフがウクライナで活動しているとも語られている。
ロシア外務省は、この件に関してドイツ政府の説明を求め、「迅速な対応を拒む全ての試みは後ろめたさの表れとみなす」と強硬な態度を示している。
ウクライナへのタウルスの供与を拒否してきたショルツ首相は、「非常に深刻な問題」として危機感を示しており、「注意深く、集中的かつ迅速に調査を進める」と述べた。ドイツ政界でも大きな問題となっており、野党議員は、「他の重要な会話も傍受されている可能性があり、後日リークされるかもしれない」と批判を強めている。
古典的手法とSNS時代
この情報漏洩事件には、二つの側面がある。一つは古典的な「盗聴」という手法である。諜報の初歩的手法は電話などの盗聴である。
ソ連邦の時代には、ホテルなど全ての電話、部屋での会話が盗聴されていることを前提にして行動せねばならなかった。たとえば、1956年10月19日に日ソ共同宣言が調印されたが、平和条約交渉のために訪ソした鳩山一郎、河野一郎らは、大事な話は外の公園などで行ったという。
今のロシアや中国でも、電話が盗聴されていることを想定して行動したほうがよい。特に中国では、スマホ、AIなどの先端技術を駆使した監視社会化が進んでおり、店で購入した品物から散歩の経路まで全て当局に把握されている。
今回のドイツの事件は、Web会議が盗聴されたものである。日本でも多様なシステムが活用されているし、私もよく使う。テレビ番組の打ち合わせ、対談などであるが、国家機密に関わるような内容ではないので、利便性を優先させている。
しかし、テレビ局によっては安全性(security)の観点から、特定のWeb会議システムを排除しているところもある。ドイツ空軍が今回使ったWebexの他にもGoToMeeting、Wire、WhatsApp、Skype、Zoomなどがある。
今回のドイツ空軍の問題は、空軍内の閉鎖的システムではなく、民間のシステムを使ったことである。諜報機関にとっては、そのセキュリティを破るのは簡単であろう。
人類が電話を使うようになってから、盗聴に注意することは諜報機関にとっては当然のことになっている。その古典的基本を守らなかったドイツ空軍には呆れてしまう。スパイの存在も示唆されているが、Web会議も電話と同様な注意をしなければならない。
しかも、SNSが発展した今日、ロシア国営テレビの発信は、東京にいる私でもすぐ受信して視聴することができる。ロシアは、ドイツの恥を世界に晒すことができるのである。
また、ロシアは、ウクライナに対してドイツ、そして西側がどのような支援、工作を行っているかを世界に向かって暴いた。暴露する情報もロシアに都合の良いものだけを選択することが可能である。
フランスのマクロン大統領がウクライナへの西側の地上部隊派遣の可能性について言及した直後であるだけに、ドイツがタウルスの供与を考えていることを示すことによって、ロシアは「西側こそ戦争拡大を画策している」というプロパガンダを強化することができる。
「ハイブリッド戦争」とは何か
相手の国を攻撃し、征服しようとするとき、外交、経済的締め付け、プロパガンダ、サイバー攻撃、テロなどと正規軍による戦闘を組み合わせて戦う手法を「ハイブリッド戦争」という。
古代から戦争とはそのようなものであったのだが、最近、この用語が流行している。それは、コンピュータの発達で、サイバー攻撃が注目されるようになったからである。
たとえば、電力会社のコンピューターにハッカーが侵入し、電力供給を停止させれば、社会機能が失われる。その状況で、軍事力を使って攻撃すれば、大きな勝利を得ることができる。このように「非正規戦と正規戦の組み合わせ」で戦争を遂行することを、ハイブリッド戦争と呼ぶ。
そこで、国を防衛するためには、サイバー攻撃への対処が必要となっている。社会インフラを守るためには、敵からのサイバー攻撃を撃退せねばならないのであり、毎日のように、凄まじいサイバー戦が繰り広げられている。
このハイブリッド戦争が注目されたのは、2014年3月のロシアによるクリミア併合時である。併合の前、ロシアは民間人を装った特殊部隊をクリミアに潜入させ、通信網を遮断したり、停電を起こしたり、携帯電話を通話不能にしたり、嘘の情報をSNSに流したりして、クリミアを混乱に陥れた。
このようなサイバー攻撃によって、ウクライナ軍が抵抗できないままに、ロシアによるクリミア併合が実行されたのである。このウクライナ併合以来、ハイブリッド戦争という言葉が広く流布されるようになった。
ロシア系住民が多いクリミアで住民投票を使い、まず独立国とさせ、その上で併合させるという政治工作もまた、ハイブリッド戦争の一端だと見てもよい。
ハイブリッド戦争の最前線
モルドバもまた、ロシアによるハイブリッド戦争の戦場となっている。
モルドバのウクライナ国境周辺には、ロシア系住民が多く住む沿ドニエストル(トランスニストリア)共和国がある。国際的には独立国として承認されていないが、ロシアの支援を受け、1500人のロシア軍が駐留している。
2月28日、沿ドニエストル共和国は、「全階層の議員による会議」を開き、経済的圧力を強めている親欧米・反露のモルドバ政府による迫害から守ってくれるようにロシアに求める決意を採択した。
昨年の2月13日、モルドバのマイア・サンドゥ大統領は、ロシアがモルドバでクーデターを計画していると指摘した。
軍事訓練を受けたロシア人、ベラルーシ人、セルビア人、モンテネグロ人などが、政府機関を攻撃して人質をとり、現在の親西欧政権を打倒し、ロシアの傀儡政権を樹立しようとしているという。情報源は、ウクライナの情報機関が傍受した通信である。
これに対して、ロシアは、このモルドバのクーデター計画公表を事実無根だと反論しているが、情報が敵側の傍受によって漏れるようでは、ハイブリッド戦争の時代には論外である。ドイツ、ロシア、ウクライナのみならず、世界中で盗聴、SNSなどを活用した情報操作、AIを駆使したフェイクニュースが飛び交っている。
今回の沿ドニエストル共和国の対露支援要請は、前回の情報漏洩から1年経ってもモルドバでなおハイブリッド戦争が続いていることを示している。
ウクライナは、ロシア、ベラルーシ、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニア、モルドバと国境を接している。そのうち、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアがNATO、そしてEUの加盟国である。モルドバは、ジョージアとともに、2022年3月3日、EUに加盟を申請している。
3月17日の大統領選で勝った後、プーチン大統領は、モルドバを支配下に入れ、東のドンバスから、ヘルソン、オデーサを経る広範な地域をロシア領とし、独立国ウクライナを消滅させるという夢を実現させようとしている。
情報戦は、今後ますます熾烈なものとなろう。
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