考えることをやめてしまったら人間ではなくなってしまうのだろうか。
春のにおいがする。
温かかったり寒かったり、それを繰り返しながら確実に春は近づいてる。
でも、こんなに切ないのはなぜだろう。
昔は春が好きだった。
新しい季節の始まり。
それをこんなにも感じる季節は他にないと思う。
よく、「別れと出会いの季節」なんていうけど、まさに。
別れより新しい出会いに心が弾んでたあの頃は、まだ失うことの怖さを知らなかった。
「またね」
この言葉がこんなに重くなるなんて。
またっていつだろう。
次はないかもしれない。
そんな不安が半分以上を占めた「またね」。
生まれたときから当たり前のように浸っていた家族。
好きも嫌いも楽しいも嬉しいも悲しいも悔しいも辛いも全部詰まってた学校。
毎日毎日毎日毎日・・・
同じ人間に会ってたあの頃。
ある意味逃げられなかった。
逃げ場がなくてそれがどうしようもないときがあった。
早く大人になりたいって思ってた。
大人になった今、あの頃思い描いていた社会とはかけ離れた社会に取り囲まれてる。
狭い社会から逃げられないと思っていたけど、出たら出たでさらに狭い社会に入ってしまった。
いや、本当は広い世界に、自由な世界に飛び立ったはずだった。
でも、それは羽ばたいた人だけ。
助走をつけずに無理やり飛ぼうとした人は、飛べずに、落ちる。
守るものがない=自由
そんな方程式を勝手に作っていたのかもしれない。
1人が楽なときもあるけど、いつもまわりにいてくれた人やその人たちとの関係は、確実に私を守ってくれていた。
何も守っていないつもりだったけど、守られてる中で守っていた。
逆に。
本当は。
それに気付いたときには、もう1人だった。
自分で望んだのか。
そう、自分で望んだんだよ。
今はただ、「またね」っていえる場所をふやしたい。
明日が楽しみでありたい。
飛ぼう。
この場所でいくら羽ばたこうと思っても、助走をつける滑走路は、もう、ない。
歩いて違う場所に移動したって、いいよね。
そこから飛ぶから。