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⭐︎かほの日記⭐︎

 
20代のとき、50代である母親が若年性認知症に。
大好きな母のために介護をしたい、
仕事を続けたい、
自分の家族をつくりたい、
という "どうしましょうライフ" の日記です。

介護日記 / 仕事日記 / 生活日記

「3歳までは母親が

子どもをみるべきでは」

という3歳児神話が

根強く残っているような

残っていないような

今日この頃ですので、

家庭ではなく

保育園内で出来ることを

考えてみたいと思います。

 

 

 

一つ目は、

自己主張が促されること。

 

園内では

同じ年代の子たちとの生活の中で

物の奪い合いや

理不尽な行為をされることが

時々あります。

 

そんな時、

嫌なことをされたら

「いやだ」と相手に言うこと、

痛いことをされたら泣くだけではなく

「痛かった」と相手に分かるように

言葉に出すこと、

やめて欲しかったら

「やめて」とはっきり伝えることが

促されています。

 

大人たちや年齢が上の兄弟たちは

黙っていても察しくれたり、

逆に下の兄弟に対しては

少々我慢したりすることが

少なからずあると思いますが、

同年齢の子たちが集う世界では

上下ではなく、横の関係が重視されるので

自分がしたいこと、されたくないことを

自分の言葉で伝えることが

推奨されます。

 

 

二つ目は、

一緒に行動する

同年代の子との出会い。

 

子どもたちだけに

仲間づくりを任せられているわけではなく、

職員たちに手助けされて

本人たちの好き好みが尊重されながら

自然と一緒に遊べる子ができるように

見守られます。

 

まだ「友達」と

認識しているわけではないと思いますが、

自分が側にいて安心できる子が一人できると

今まで内気だった子たちが

一気に世界が広がるようで、

リラックスして楽しそうに遊び始めます。

 

 

三つ目は、

偏りのない世話。

 

大人たちの中には

色々な価値観があり、

様々な物事の基準があります。

 

家庭でびっくりするような子育ての仕方が

されていたとしても、

園内では大勢の大人が働いており、

色々な人たちの意見がぶつかり合いますので、

極端な保育がされることはあまりないと

信じています。

 

 

 

子どもたちが長時間

保育園でがんばっていることを

知っているので、

「こんなに小さいときから

保育園に入れてかわいそうだ」

と思っている人の意見は否定しません。

 

ただ、私個人の意見としては

結局のところ、

「働いている職員の人柄に

寄るんじゃないかなぁ〜」

と思っています。

 

(つまり自分が成長しなくては、

ママたちが安心して預けられないという話)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

昨日家族と母のことについて

話していたのですが、
在宅介護は私が音を上げた時点で
終了だよ、
と確認されました。
 
 
 
そうです。
 
在宅介護にした理由、
 
それは
 
私が
母のそばにいたいから。
 
 
私は
母がいると
心理的に落ち着きます。
 
認知症になって
母が
不安そうにしていても
怒っていても
暴れていても
私は
母が家にいるだけで
安心します。
 
 
母が若年性認知症を発症したとき、
私は二十代半ばで、
家族も
医師も
在宅介護に反対でした。
 
知識も経験もなかったので
負担を心配しての反対でした。
 
今まで私が
介護で本当に辛かったことは二つ。
 
「睡眠不足」と「近所からの苦情」。
 
今、思いつくのがこの2つです。
 
 
ですが、それ以外は
家族に支えられて
福祉や医療関係の人に
アドバイスをもらいながら
何とか介護をしています。
 
 
 
母にとって、
在宅介護と施設介護、
どちらの方が良いのかと
考える時もありますが、
私は母のためというより、
自分のために
これからも自宅で
母の介護をしていくと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 
 

園では

人一倍、警戒心の強い子たちがいます。

 

そのうちの、

2歳の女の子の話です。

 

その女の子、

少人数や二人っきりだと

いっぱい話をしてくれるのですが、

大勢園児がいると

いつも黙って頷くか、

小さい、か細い声で一言話すのみです。

 

1歳で入園してきたのですが、

当時、私の存在は完全無視。

めげずに毎日、声をかけ続けて

やっと一カ月後に存在を認められました。

 

 

そんな彼女は

どうやら体育会系女子のようで、

室内遊びよりも

走ったり登ったり

体を思いっきり動かすことの方が

ストレス発散になるみたいです。

 

 

ある日の午後、

その女の子が

側に寄ってきて甘えはじめ、

プロレスごっこのようなことを

一緒にしていました。

 

その時、

何かを思いついたかのように、

急に離れて行ったかと思うと

そこから全速力で

こちらに向かって走ってき、

腕をブンッと振り上げると

そのまま拳を

私の腹にめり込ませました。

 

2歳児と高をくくっていた私は

あまりの衝撃と痛みに顔面蒼白。

 

当の本人はキョトンとしていたので、

遊びの延長で怒るのは酷だと思い、

引きつった笑顔で、

もう少し優しくするように

懇願しました。

 

 

彼女が大きくなって

色んな言葉が分かる年頃になったとき、

伝えたいと思います。

 

「あの時、

胃の内容物、全部出るかと思ったよ」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









​​​​​「喉元過ぎれば熱さを忘れる」

という言葉がありますが、

今の自分の状態が

まさにこれだなと思います。

 

 

母のBPSDが酷かった頃、

仕事から帰宅後の

母の世話の際中に

暴れられたり

拒否されたりすると

睡眠不足と疲れから

苛立ちがわき起こり、

「母を大事にしなくては」

という理性とぶつかり合って

感情を必死に抑える毎日でした。

 

ですが、

認知症が末期に入ると

母が急に大人しくなり、

世話がスムーズにいくようになったので

介護に対してネガティブに考えることが

ほとんどなくなっていました。

 

 

しかし、昨日、

母が歯磨きを断固拒否。

 

誤嚥性肺炎の再発が怖く、

今までは嫌がる母の口を

無理矢理開けさせて

口腔ケアをしていたのですが、

私に反省するところがあり、

「お母さんの心に寄り添おう」

と思い直して

言語聴覚士さんや歯医者さんからの

アドバイスなどをフル活用し、

一時間格闘。

 

 

 

結局、

最後まで母は口を開けず、

私が根負けしました。

 

 

くたくたになりながら

あの頃の辛さが蘇り、

介護の厳しい現実を

すっかり忘れていた自分に

思いっきり

喝を入れたくなりました。

 

 

 

 

 

 

* BPSD;暴力・暴言、拒絶、幻覚、妄想、徘徊など、

       認知症の行動・心理症状のことを指します。

 







ここ数日、

ある2歳の女の子が

夕方の合同保育のとき、

時々、他の友人たちから離れて

ボーと一人で突っ立ったまま、

停止していることがありました。

 

普段はみんなの輪の中に入って

元気によく遊ぶ子なのですが、

その子の名前を呼んで

誘いの声かけを何度しても

こちらを一瞬チラリとは見るものの

中に入ろうとしません。

 

 

心配になって

昨日の帰りの際、

その子のお母さんに

最近何か特別な変化がなかったかどうか、

尋ねてみました。

 

すると「実は...」と切り出しながら

「この子が最近、朝、

『園に行きたくない』と言うんです」と。

 

 

すぐに先輩職員に

相談したところ、

あることを教えられました。

 

ここ最近、朝、

急な休みなどでスタッフ数が足りず、

女の子のいるクラスに、

普段とは違う職員達が

手伝いに入っている日が

続いているとのこと。

 

その職員達、

仕事は速いのですが、

自他共に認める「気の強い」性格です。

 

慣れない人に厳しく叱られると

子どもたちは固まって

動かなくなりますし、

また、例の女の子も

怒られないように

常に気を張りながら行動しており、

大きなストレスを感じていたようです。

 

最近、夕方ごろ、

園児達の中で繊細な性格の何人かが

側に寄ってきて

「疲れたの...」と言いながら

体を丸めたり、

日中も

イライラ期の子どもたちの癇癪頻度が

普段より多くなっていたりしていたなど、

考えれば色々と

思い当たることがありました。

 

状況を知って

「感じていた違和感をもっと大切にして

フォローしていれば...」

と反省しました。