10月に入院していた時、仲良くなった癌患者の70歳のご婦人が、ロボット支援でのオペに向かう朝、お決まりの 医師・看護師による「頑張りましょう」コールが聞こえ、うんざりした。でも、このご婦人「頑張ります」って返さなかった。息子さんに「いってきます」だけ言ってた。前日に「今まで病院にもかからないくらい元気だったのに、突然の癌で・・・」と医師や看護師に何度も言っていた。息子さんとの会話を聞いていて、あれこれ気づいている方だった。私は、ワクチンをしていないが、自分の身体に入れたもの(私は薬)を後悔しても「どこにも言いにいくところがない、自分で対処するしかない、やるせない」思いは同じだ。
私は約20年間医療機関で働いていたが、あの感染症ワクチンについて、医師が全く何も知らない、調べもしないことに驚いた。
喜んでわれ先に2回打ち、「熱発は保健所へ」と張り紙し、接種会場で1日10万円バイトをしていた在宅医の多さ。そのうち、大きな総合病院の医院長が打っていないなどの情報や接種した医療スタッフの副反応の様子など口伝えできいた。当時、私は陰謀論も知らなかったが、医療スタッフが「打つ?どうする?」と周りの意見を聞いていたのにも驚いた。いつでも基本は「自分の身体にそれを入れるのか?」自分が自分をどう扱うか?だけだ。既に、自己免疫疾患の症状のあった私は、幸い、原因は「5年間の通院と服薬」だと確信していたので、これ以上 得体のしれないものは入れない決断だった。いつでもすべての変わり目は、自分を大切に扱えるかどうかだと思う。社会通念・常識>自分 にするように 仕向けられた教育、道徳観の中で、きっちり線を引く。自分の命を大切にできる人にしか 他人の命も大切に思えないから。
薬情も、医師の話でも効能ばかり先走るが、必ず裏に「副作用」がついてくる。面白いことに、例えば、シンビコート吸入薬は
喘息・COPD治療薬だが、副作用は「呼吸困難」。調べると、薬はほぼこのパターンが多い。しかも、副作用は効能を超えて多岐にわたる。これが、「何かあっても原因はわかりませんからね」という暈しとエクスキューズにしか聞こえない。つまり、一つの効能のために、たくさんの副作用のリスクが裏にある。複数種の服用でこれらが、重なるともう、何が原因かわからなくなるのは明らかなのに、現診断名のまま、治療を続ける。気づけば、別の病気(喘息だった私がそう)。最初に自己免疫疾患の紫斑らしきものがあらわれた時も、私は皮膚科へ行き、アレルギーの薬を飲んでいた大馬鹿モノである。その後すぐ体重減少、排便の多さ、紫斑がどんどん増えていき、身体が「いい加減にしろ」と壊れた。だから、本当に原因を知りたいのであれば、シンプルにしていくしかない。本当に知りたいのであれば。本当に治りたいのであれば。
最近の医師の仕事は、病気を発見すること とも言われている。残念ながら、早期発見≠治る 訳ではないし、原因をわかろうとしているようで、薬で煙に巻いていく感じがする。 責任はとらなくていいので、「原因不明」診断の経過もあり。そのうち、また新しい発見がされるわけで、このループを止めるのは 自分次第。
自分を信じるとか 自分の可能性 とか 自分の夢 とか いうけれど、ちゃんと 自分の身体を大切に扱わない、頭だけの理想は(身体が動かないと) 叶う訳がない!!!と私は思う。 病気が治るとは、一瞬の出来事ではないので、次の人生を踏まえて ちゃんと考えた時、重なる副作用で複雑にしている場合ではない!それができるのは、自分だけだと思う。