晴れて営業部所属になり、先代から頂いた書類に目を通して見た。
そこに書かれていたのは沢山のマンション名が書かれている住所録だった。
この書類を使って何をすれば良いのか私には当然分からず、とにかくそのマンションへ向かってみたのだ。
そしてそのマンションへ着いた時、私はすぐに気が付いたのだ。
新人の頃、このマンションの新築工事を私が行っていたのである。
ガス給湯器の取付工事を行っていたマンションだと分かった私は、早速管理人へ挨拶をして
新築工事にて携わった事を説明してみたのだ。
「最近、給湯器の故障が多いよ・・・」
管理人の言う事ももっともで、使用年数を10年過ぎていた事による経年劣化が発生していたのである。
「交換時期なので手を打たなければいけませんね」 と私は当たり前の事を言ってみたのだ。
「それなら理事長に会ってくれ」 と管理人が言うので、私は連絡を取り理事長と会う事になったのだ。
後日私は理事長宅へ行き、マンション設備の経年劣化によるトラブルの話を聞く事になった。
「ガス機器は、ガス屋に言えば良いのだろ?」 と、第一声出て来た言葉がこれだった。
一般的に考えれば勿論その通りであり、ガス会社も交換作業を行っている事も事実である。
しかし、メンテナンス作業は、私が勤めている製造メーカーの代理店が行っているのだ。
そして徐に、ガス会社が給湯器を交換した場合の見積書を私に見せて来たのだ。
「交換金額が高くてね、困ったものだよ・・・」 と 理事長の溜息交じりの一言だった。
更に 「おたくの会社はもっと安く出来るのかね?」 と続けて話して来たのである。
理事長に二日間時間を頂く事にして、私は早速廻りのリサーチと仕入れ単価の確認作業を始めた。
頭でっかちの狭い業界であり、ガス会社が右を向けと言えば右を向かざるおえないこの世界・・・
色々と調べて行くにつれて、理不尽な物事と購買者にとっての不利益な事しか出てこないのであった。
私はその事を先代に報告し、どの様に立ち振る舞うか相談したのである。
しかし 「自分で思った事をやれ」 このたった一言で、話は終わってしまったのである。
明確な答えを頂く事が出来なかった私は、もう一度マンションの設備の事を良く考えてみた。
暖房機能が付いている給湯器は高い、はたして居住者は暖房機能を使っているのだろうか?
暖房機能を省けば、20万円以上の減額も可能なはずだ・・・
私は早速、理事長に電話をして、この趣旨を説明してみたのである。
そして翌日、理事長から連絡が入り、居住者からアンケートを取ると言い出したのである。
一週間後、アンケート結果を確認した所、私の考えは的中していたのである。
90%以上の居住者が、光熱費がかかりすぎる暖房機能を使っていなかったのだ。
その結果を見て、私は決断したのである。
暖房機能をなくして、給湯能力を更に多くした給湯器を提案しようと決めたのだ。
40万円かかる暖房機能を省けば、半分の20万円で給湯器の交換も可能だと言う強みを信じ。
廻りを固める為に私は供給ガス会社に連絡をして、能力が上がる為のガス配管の供給量を確認したのである。
するとガス会社から意外な返事が返って来たのである。
「おたくの会社は我々のグループ会社ですよね?」
「商売のドル箱を盗むおつもりですか?」
と言われ、設備図面はおろか、上層部まで報告すると脅しのような事を言われてしまったのである。
しかし、この言葉を言われた時私は驚く事も無く、冷静に言い返したのである。
「マンションの理事会と理事長、更にはマンション管理会社からのご用命なのですが、ガス会社さんとしては、どの様に考えているのでしょうか」
と、半分は口から出任せの言葉で応戦したのである。
その言葉に、ガス会社の人間は返す言葉も無く、その場は電話を切ったのである。
その夜、もしかしたらクレームの電話が入る可能性があると考えた私は、念の為に先代に報告をしてみたのだ。
「おやっさん、もしかしたらご迷惑をおかけするかも知れません」 と 私が報告すると・・・
「大丈夫だ、お前はこのまま行け」 と一言だけ返されたのである。
そして、翌日ガス会社から電話が入ったのだが、思いもよらない人物からだったのだ。
「君がオヤジさんの若い衆か、何だか派手に立ち振る舞っているみたいだな・・・」
「ガス設備の図面は準備してあるから取りにきなさい」
この言葉を聞き、少々不安だった私も安心する事が出来たのである。
そしてすぐに、図面があるガス会社の本社へ向かったのである。
本社へ着き、応接室で待っているとそこへ来たのが営業担当筆頭専務取締役と代表取締役社長の二人。
これにはさすがの私でも驚きを隠せず、何か言われてしまうのではないかと思っていた所・・・
「私たちは、あなたの会社の社長には本当に世話になったよ・・・」
「若い頃より、工事現場で指導してもらってたんだよ・・・」
と これは本当に想定外な言葉が出て来たのである。
更には、ガスの供給量が増えれば貢献している事にもなるのだから問題無いとまで言われたのだ。
「若いうちはあまり無茶するなよ、何かあったら何時でも来なさい」
終いには、こんな励ましの言葉まで頂いてしまう始末。
今考えてみれば、私のように突拍子の無い事をやっている人間が、面白く見えていたのかも知れないと思うのだ。
著者も書いているのだが、偉い人にはフランクにと言う思考は私も同感である。
出る釘は打たれると言う言葉もあるのだが、大物は打つ事は無く楽しんでいる様にも見えるのだ。
それが生き残る戦術の一環でもあり、大物と接して行く事はとても大切な事でもあるのだ。
社に戻り、先代に報告をすると・・・
「ハハハ、まあそんなもんだな」 と 一言で終わってしまった。
すぐに書類をまとめ、理事会に出席をして今回の給湯器交換のプレゼンをする事になったのだが
ここで更に違った展開を迎える事になったのである。
修繕積立て金のプール金が多すぎる為、使わないと問題が発生してしまうと言う議題が出たのである。
積立て金は居住者にメリットがある使い方をするのが当然であり、大規模修繕以外にて使い道が無い時期があると言うのも本当の所でもあるのだ。
その話を聞きながら私は一瞬考えてしまったのである。
給湯器の交換を修繕費で賄ってみたら、居住者にとってメリットのある事なのではと・・・
そして私のプレゼンが始まり、話の最後に切り出してみたのである。
価格が安くなり、交換台数が増えれば更に安くなり、居住者の出費も無いと言う事を説明したのだ。
管理組合の人間も居住者であり、当然その話にデメリットを感じるはずも無い。
本来給湯器は専有部扱いになる為、交換は居住者の実費にて交換する事が一般常識なのだ。
逆転の発想こそが勝利を掴む切っ掛けにもなり、著者の言う逆転力なのだと私は思うのである。
普通とか一般常識を受け入れた上で、更に考えた時に新しい発想が生まれるのだと私は思う。
そして私の提案事項が承認されてしまい・・・
4千万円と言う莫大な受注を頂ける事になってしまったのだ。
私が営業活動を行い、初めての受注である。
社に戻り、仕入れ単価の見直しも行い、工事部隊に作業の依頼を行ったのだ。
長丁場の現場作業なので、仕入れた機材の支払いも考慮すると日曜祭日も現場を止める事は出来ない。
結論から言えば、二か月で完了させなければならないのである。
職人にとって日曜祭日は休みの日と言う事が当たり前の世界、どのように話を切り出すか考えていた時の事である。
「その仕事、二か月で必ず完了させる」 と、工事担当部長が言ってくれたのである。
更には 「お前の仕事は断らないからもっと持って来てくれ」 とまで言ってくれたのである。
今考えてみれば、下請け稼業が主な私が勤めている会社を、脱下請けをする為に設立した営業部であり
器具利益と工事利益が入って来る自社売りは一番喜ばしい事なのである。
工事部長は取締役なので、その事に対しては理解があり、営業部に協力してくれたのである。
そして見事に、二か月間で完了させたのである。
その事が切っ掛けで、マンションを管理をしている管理会社から一本の電話が入ったのである。
管理しているマンションの給湯器交換のプレゼンをしてくれと言うのだ。
思わぬ所からの電話に、少々驚きを感じていた私だったのだが、営業活動の幅が広がる事は明白であり、新しい視野が広がる事も事実。
私はすぐに話を聞きに行き、管理物件データーを見せられたのである。
その情報量の多さに驚き、これは一人では到底こなせないと判断した私は、社員を増やそうと決断したのである。
面接を行い、数名の人間と契約を交わし営業部も私一人ではなくなったのである。
そして私が最年少営業社員であり、営業部長でもあると言う面白い構図が出来上がったのだ。
年上の人間を指示すると言う事も、私にとって初めての経験であり・・・
これも今となっては、とても貴重な経験をさせてもらったと思っている。
